2009年10月11日

松下幸之助さんの言葉の重み

この世に100パーセントの不幸というものはない。
50パーセントの不幸はあるけれども、
反面そこに50パーセントの幸せがあるわけだ。
人間はそれに気がつかなければいけない。
とかく人間の感情というものは、うまくいけば有頂天になるが、
悪くなったら悲観する。
これは人間の一つの弱い面だが、それをなるべく少なくして、
いつの場合でも淡々とやる。
信念を持っていつも希望を失わないでやることだ。
「天は二物を与えず」と言うが、
逆に「なるほど、天は二物を与えないが、しかし一物は与えてくれる」
ということが言えると思う。
その与えられた一つのものを、大事にして育て上げることである。



これは、松下幸之助さんの名言を集めたサイトから転載しましたが、どれを見ても、ううーーーんとうなずける。
なんていいますか、すごいなと思うしかない。
よく外国の人、とくにアメリカの人は、「日本人は苦労して成功した人が好きだ」とか言うけれど、苦労っていうか、そういうレベルの問題ではないと思う。
たぶん、松下さんのことが好きな人が多いから、こんな風に言われるのかもしれない。

でも、全然ちがうよ。
なんか、感覚が違うのかなあ?

精神論とかたぶんあまり好きじゃないのかな?
でも、成功している人を見ると、みんな一様にとんでもない発言していると思うのですが。
成功って言葉も私はあまり好きではありません。

人から見て「あの人は成功している」とは言われても、自分で「私は成功者だ」なんて言ってる人、いないし。
いつまでも、どこまでも、淡々としているのではなかろうか。

この松下さんの言葉を読むと、100%はないってことだ。
50%50%
でも、どうしても人は明るい面だけを見たがる。
幸せでいたいって思う。

でも、いつも、どちらもあるのならば、不幸だと思えるときも幸福な面を見て、幸福だと感じるときも不幸だと感じる面も見る。
そうすれば、淡々といつも生きていくことになる。
これはとてもよくわかります。
一喜一憂しない。

嬉しいとき、わーって喜んで、悲しいとき、わーーーーっと泣く。
これも人間らしいと思う。
でも、そういう一面も、全ての面の一部ととらえて、いつも淡々と生きる。
これって、とても幸せなことだと思えます。

日々是好日ってありましたが、これもそんなことを言ってる気がするし。
日に良い、悪いはなくて、ただ、自分がどう感じるかだけだ。
物事は全て中立で、それに対して人の感情が働くだけ。
意味を与えるのは人間だ。
意味を与えられるなんてすごいことだと思うけれど、大方はそれが何かのせいだとか、何かのお陰だと思うことが多い。
感じているのは、ほかならぬ自分なのに。

「あなたのせいで、私はこんなにも悲しい思いをしている」

「あなたのお陰で今日は大変に助けられて私はとても嬉しい」

どちらも、外部から影響を受けて、私が感じている行為だ。

だったら、自分の感じていることを変えればいいことになる。
それには、その感じをどう捉えるかが問題になってくる。

ああ、そうか悲しいのは一面で、その一方嬉しい一面もまたあるのだなと思えれば、一気に感情は変化する。
だから、全ては自分次第だってことになって、外部は相手は何も関係がないことになる。

いつまで自分は犠牲者でいるのか・・・・・・・だ。

いつ犠牲者から抜け出すのか・・・・?


松下さんは、そんなことを自然に行ってきた人だった。

松下さんは何を見つめていたのだろう。

松下さんは何を考えていたのだろう。


そんなことを考えさせられ、また松下さんの言葉をひもとく。


でも、私は、そんなことも超えていきたいと思う。

また、超えられる時なのではないのかと思う。

人間の可能性って無限だから。


posted by zone88 at 20:37| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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