2013年01月31日

確信

潜在意識開発とか自己啓発セミナーで、ハードルが高いなあと感じるものは、
「確信」できているかどうかということです。
確信できていることは、大体において現実となっている。
当然だと思っていることですが。

小さなことで見てみると、今、パソコンのキーボードをタッチすると文字が入力されますが、
これはそれを確信しているからだ。
もし、キーボードが故障していたら、確信できない。
だから現実にはならない。

今居る部屋から別の部屋に移動することは簡単に実現している。
知っているし、確信しているし、当然だと思っているからだ。
もちろん、ぎっくり腰なんかになったら、動けないので、隣の部屋に行くことは現実とならない。

当然だということには、
出来ると知っていること(経験)
肉体的に条件が整っていること(管理)
方法を知って(経験)
行くという意志があること

知っていること。
知らないこと・・・・・これには「恐怖」が伴います。未知だから。※チャレンジにもなりますが。

現実化を阻む最大のものは、「恐怖」です。
恐怖が「疑念」を抱かせる。
本当に大丈夫?出来るの?・・・・とか。(笑)

まあ、当たり前だと言われれば当たり前だ。

100メートルを7秒台で走れる人にはそれが当たり前。
だから現実となる。
私には無理だ・・・・と今は思っている。
だからできない。
経験とか鍛錬とか、肉体の改造とかそんなものが積み重なればもしかしたら将来出来るかもしれない。

そんなことが小さな小さな違いだと思う。
限界を上げていくこと。
一秒の壁・・・・とかよく言われますが。

だから、自己啓発などで「夢のように一瞬にして変わる」というのは、何かおかしいなと感じる。
自然に・・・ということがやはり一番理にかなっているのだと思う。
それが、努力とよばれるものであったりする。
好きなことだったら、努力というよりも、趣味になるかもしれませんが。

才能というものは、やはり努力・鍛錬、経験、意志、
そして、そのものが「好きであること」「どうしても成し遂げたいという意志」
その原動力があってことなのだと思う。
原動力、モチベーションなどとも表現されますが。
それがシステマチックに説明されたり、理論が先走ったりすると、
「恐怖」や「疑問」が頭にもたげてくる。
それが
「確信」「当然」という現実となるキ―を阻む。
最大の要因だと思う。

心から成し遂げたいと思ったら、一心に、無心で、楽しんでやっていくことがやはり一番理にかなっているのかなと思う。
理にかなうとは・・・、「無理をしない」ということ。
無理とは、理が無いと書きます。
自然に反しているんだと思うんです。
無理だから・・・・無理なんです。(笑)
自然の理にかなうまで、やる続ける。

こんな当たり前なこと・・・。なんですね。
言葉というのは、本当に深いなと思います。

ちなみに、マーケティングでも、またホワイトマジックの入り口を説明している『魔法の学校』という本でも、
現実化に必要なものはたったひとつ、
「確信」だと言われています。
シンプルです。

「確信」です。
確信するまで、楽しんで、あーでもない、こーでもないというプロセスを楽しんで、
確信に至らせる。
それが現実化の方法。

仕組みを知るっていうことかもしれません。
マジックの種が明かされたときには、
「あーーー、なーんだ」って思いますよね。
あの感覚。
なので、経験、知識、もちろん一番は心から湧き出てくる意志ってものが一番大切だと思いますが。
自分を知るということは、人に秘められた可能性を知識と経験と心で知っていくなのだと感じます。
どんな小さなことでも知識にもなり、経験ともなる。

同じことをしていても「どこを見ているか」で現実となるものは違ってくる。

たとえ話で、よくありますが。

大きな聖堂を建てている人たちに聞いたら、答は皆違っていたって、あの話です。
一人は、「雇われたからただその石をあちらに運んでいる」
一人は、「大きなプロジェクトに参加したいと思っていて、今は石を運ぶ仕事をしている」
一人は、「この大きな聖堂に皆が集い、癒しの場となるように願い、今は石を運んいる」
もっと大きな観方も出来ると思いますけれど。
観えてくるものは、三人三様で、知識も経験も違ってきて当たり前だと思うんです。

毎日、毎日が同じことのように見えても、「何を観ているか、何を意識しているかによって、
確信という言葉が自分に近くなってくるか、遠のいていくかが決まってくるのかもしれませんね。

周りを見ると・・・、自分が当然だと思ったことが現実となっているのが見えてくるかもしれない。
「そうなっていて当たり前だ」という信念。
確かに信じていること。
知っていること。

その信念を変えることを阻むのが「恐怖」や「疑念」だったりする。
そのハードルを少しずつ超えていく。
そんなことの繰り返しかもしれません。

すべてが幻想であり、人間の肉体も周りのものの同じ素材(ミクロ)なのに、
それを強固な現実としていろいろ経験するために活用しているだけだということも、まさにそうだと思えます。

どれだけ知っていて、確信していて、当然だと思っているか。
たったこれだけですね。
そして、自分とは人とは世界とは何であるのか。
自分の世界が拡大した分だけ、周りの世界も拡大する・・・なんてことも。

知識ではなく、確信していること、当然だと思えていることの幅が大きいとは、
言い換えれば、「智慧」なのかもしれません。
知識と経験、そして意志。
そして、異質なもの、二元性を超えるもの、それを結びつけるものは、「愛」なんだということも。
人類愛のニュアンスに近い「愛」かもしれません。

ああ、思い出しました。
『奇跡のコース』にありました。
愛の反対語は恐怖だって。(笑)
恐怖を乗り越えるものは、「愛」なんですね。・・・・なんか、「愛」って言葉は言いにくい言葉です。(私にとって)
たぶん、言葉にできないものなんだという感覚に近いですね。
「これが愛です」とか、「愛してます」とか、言えない。(笑)
行為だから・・・かもしれませんね。
言葉にできない・・・・・・・・・・・・・・・です。(あくまでも感覚です)

世界も人も宇宙も・・・不思議です。
posted by zone88 at 00:22| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 潜在意識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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