2013年07月04日

あなたが動揺しているとき、あなたの動揺に気づいている ”意識” は動揺しているでしょうか?

Kosumosuのメモさんのブログを拝見していて、はるかさんという方のブログ記事を見つけて読みました。
偶然はないと思っているので、これもジャストのタイミングだと思います。

「ガンガジ −あなたが動揺しているとき、あなたの動揺に気づいている ”意識” は動揺しているでしょうか?」
http://gangaji.jugem.jp/?eid=113#trackback

とってもわかりやすいです。
意識しているものが本来の私たちなんですよね。
思考は、分裂していて、あれやこれやと考える。 →暴走する。
でも、意識は静寂そのもので、意識している。 →観照、いつも見つめている。

思考は、意識を助けるものとなったときに本来の働きになるような気がします。
右脳と左脳&間脳の関係にも似ている気がします。
しかし、
脳は主ではない。

思考ゲームにはまってしまうから。

意識が主。

「私とは、意識しているもの」とでも言えますでしょうか。
しかし、それを思考しないこと。
信念の上に信念を重ねない。

意識を頭ではなく、ハートに向けること。
愛そのものであることを感じること。
生命を感じること。
生命の源とつながっていることを知ること。

身体はなくなる感覚。
もともと幻想でしかなく、点滅している感じ。
意識を向けた先にしか身体はない・・・感じ。
でも、意識はすべてに遍満している。
すべてに気付いている。
すべてにある。


※最近、どうも自分ではない気がしていて、なんか落ち着かなかったんですね。
この記事を読んで、やっと落ち着いた気がします。
「意識なんですよ、私って」

ちなみに、kosumosuさんのブログはこちらです。
posted by zone88 at 19:24| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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