2010年03月11日

変化の前に必ず通る道

マーケティングも、自己啓発セミナーも、いろいろあるセミナーも、究極には「自分を成長させる」「自分を変えていく」ことがテーマになってくる。
どれも、これに行き当たる。

始めは、「成功するためにはどうすればいいのか」。
そのためには、どのような手段があるのか。
何をすればいいのか。
また、技術的なことなど、小手先のことを求めたがる。
知識を求めたくなるものだ。

マーケティングなどは、特ににそうだ。
コピーライティングの方法、知識を教えて欲しい。
技術を磨きたい、コツを知りたいなど。

情報商材などは、もっと小手先のことになる。
「何も考えなくてもいいから、マニュアルをそのまま実行すれば成功する」
だから、手っ取り早く成功したい人が集まることになる。
私もこれにひっかかりました。
手っ取り早く・・・・・これって興味がわくんですね。
いったい、どんなことをしているんだろうって。

でも、答えは、「ありませんでした」
成功した人の手法でいくら同じことをしても、その人の観念や信念が違っているので、結果は違ってくる。
これは、Mr.Xが盛んにいっていたことです。

「なぜ、同じように実践して結果が出る人と出ない人がいるのか?」
マーケティング教材で、Mr.Xがこれまでやってきたことを、事細かに書かれているものが存在します。
また、メンタルな部分の強化など、大切なことも紙に書かれ、実践できるようになっています。
どれもこれも、「実践すれば、かならず出来るはずだ」と思わせる内容です。
巷にあふれている情報商材のように、「これは無理でしょ」ってことはありません。
「これならいけるはずだ」と思わせるんです。

しかし、それでも結果が違う。
大幅に違う。
それも成功している人はわずか数パーセント。
Mr.Xにしてこれくらいなので、情報商材を販売している人がこのパーセンテージを上げられるとは到底考えられない。
第一、マニュアルの質がまず違いすぎる。
話にならないと思います。


ところで、話はずれてしまいましたが、今日は購読することにしたメルマガ3つのうち、2つを読みました。
ひとつはMr.Xのものなので、まず当分来ないでしょうから、ふたつが残ったわけです。
他迷惑メールになっている1000近くのメルマガは、当然目にもふれません。

今日、偶然にも、ふたつのメルマガは「ゆるし」についてでした。
ひとつはマーケティング関連のメルマガ、もうひとつは潜在意識関連のメルマガですから、分野は全く違うものです。
違う角度から「ゆるし」についてかかれていたので、面白いなと思って読みました。


ゆるすことには、「相手」「自分」「環境」など、自分に関するものはすべてゆるす対象になります。
何をゆるすのか。

私がこれまで「ゆるし」に関してインパクトが強かったと思ったものには、中村天風さんが上げられます。
これは、ゆるしというよりも、観念の更改です。
ゆるしの前の観念のお掃除といいますか、そういうことをするんです。

お掃除ですから、文字通りきれいになる。
中村天風さんの場合は、「夜、寝る前は空っぽになって幸せなことを思ったり、自分をほめてああげたりして、決して否定的こと、不安なことを考えたまま寝てはいけない」ということでした。
これは、潜在意識の弱点というか、そういうことを知っている方だから言えたことです。
「夜寝る前、寝ているときというのは、潜在意識になにもかにも取り込まれてしまうから」なんです。

「夜だけは、清い自分でいる」ってことでもいいと思います。

日中は、潜在意識っていうのはきちんと振り分けをしてくれるんです。
自分が心地よくおもわないことなどを、取り込まない。


じゃあ、ゆるすってなんだろうってことなんですが、私の場合は「無条件の許容」でした。
このゆるすってことの前に自分には何が起こったかというと、徹底的に「解放すること」「自分の観念、信念を見ること」「無気力なまでに空っぽになること」「捨て去ること」などが起こりました。

「解放」
物理的にもいろいろなものを解放し、捨て去りました。
無理やりにそうなったものもあれば、自らそうしたものもありました。
特に、人間関係の解放が多かったように思います。

「自分の観念、信念を見る」
自分がこれまで信じてきたことはなんだったのかと、ただ観察するということをやっていました。
これが強く出たのが、生まれてから信じてきた「宗教的な観念、信念」を見つめたことでした。
また、常識、親・兄弟が口にしていたこと、社会通念、常識、規則、国際間の文化、習慣などです。
このころは性同一性障害なども問題が浮上してきたりもして、性に関しても信念があるなと思ったものでした。
また、無意識に習慣化されていることが、「相手」を通して鏡となって見えてきたこともありました。

「無気力なまでに空っぽになること」
文字通り「空」です。
たぶん、この「空」の状態を感じながら、ゆるしを経験し、観念、信念をポジティブに転換できている人は、おどろくほどの変化を見せているだろうと思います。
私の場合は「うつ状態」として現れました。
「空」の空間に「うつ」が入りこんでいたのです。
それは巨大化し、しつこくそれがあたかも「自分自分」であるかのようにふるまいます。
特に頭脳を占拠してしまいます。

この原因は「創造的なことに向かえなかったこと」「闇を徹底的に体験しつくす」「信念を捨てきれない」「ゲームから降りられない」ということなど、様々なことが関連していたと思います。
しかし、これがなければ「気付くことができなかった」というのが、今になってみてわかりました。
「徹底的に闇を体験しつくす」です。
怖いですよ。
また、辛く、苦しいです。
しかし、逃れることができないんです。
死ぬことすら、恐怖ではなくなるんです。
あったのは、死しても、永遠にこの意識のまま漂うことの怖さがありました。
抜け出せない怖さです。
ここでは「ゆだねる」ことしかできません。
何にゆだねるか。
「自分にゆだねる」しかない。
もう、観念も信念もないのだから。
あるのは、「自分」だけなんです。

最後は捨て去るものもない感じになります。
「風に吹かれてゆーらゆら」という感じで。

ゆるすことのなかでも、「自分をゆるす」ことっていうのはなかなか難しいものです。
生きている意味もないと感じている自分を果たしてゆるすことができるのか。
自分は最低だと思い込んでいる自分をゆるすことができるのか。
社会から抹殺された自分はゆるすことにすら値しないと思ってしまうのではないか。
「罪」どころではない、「多大な罪」を背負ってしまったかのように見える自分をゆるせるのか。


しかし、こんなことを感じているのは「自分」でしかなかった。

大きな、超えられない「山」を作っているのは自分でしかなかった。

自分は何になろうとして、何をめざしていたのか。
何になろうとしていたのか。
「さなぎ」が「蝶」になろうとしているときに、無理に「蝶」ではなく、別のものになろうとしてはいなかったか。
例えば、「蝶」ではなく、「かえる」になろうとしてはいなかったか。
「蝶」として生まれてきたのに、「かえる」になれるはずはないんです。

「己を知る」っていうことで、「自分は自分でしかない」ということで、ほっと肩の荷が下りました。
何になる必要もなかったのだと。
既に自分が自分であることによって、「喜び」のなかにいたのだと気付けばよかっただけなのだと思いました。


「無条件の許容」があることによって、自分を知ることができます。
本当の自分を感じ、知ることができます。

恐れがあっても、それ受け容れ、充分にその恐れを感じ、経験し、そして、その信念・観念を転換していくことができる。
自分はこんな信念・観念・感情を持っている存在なのだと、新たに知ることができる。
そして、本来の自分の観念に軌道修正していくことができるんです。

それが、「私には恐れなどない」、「私はこんな経験をしたくない」、「私はこんな経験を選ばない」、「私は清らかでいたい、善人でいたい。こんな私がそんなことを感じることは許されないはずだ」などという、ゆがんだものの見方のままでは、真の自分をみつめることができないままなのだ。

「恐れを経験すること、それをもゆるす」
「闇を体験することをゆるす」ことがあったから、私は体験できたのだ思っている。
そこには大きな気付きと喜びが存在していることを発見するために。
そして、本当は闇は幻想であって、自分が作り出したものであり、ツールでしかなかったのだということも。
ここで「うつ」に対する歓びといもうが見えてくるんです。
「闇」のなかに「かすかな光」を発見した感じに似ています。


大きな山を越えたあとに訪れたものは、穏やかな、静かな歓びでした。
かすかに兆候は現れてくるんです。
嵐の日が続いても、たまに垣間見える晴れの日の暖かい陽の光・・・。


人間関係では、お互いが自分らしく生きていける、お互いがそれを喜び合い、認め、成長の機会を作り出していける関係となって現れてきます。
自分が自分であるように、相手は相手である。
自分とは変らない本質が持つ「輝き」を相手に見出し、それにユニークな個性を見出す。
自分も相手も「喜び」の存在であるとただ知ることができる。
これはとてつもなく嬉しいことです。

だから、他人のような成功をおさめる必要もなくなる。
基準は自分が喜びの存在でいるかどうか。
「私が私であるかどうか」、ただ、それだけであると知る。


「無条件の許容」があってこそ、自分が「無条件の愛」そのものだと感じることができる。
知識で知るのではなく、感じ、体験することができる。
そのことの大きな意味に驚嘆し、喜びに満たされる。


夜、寝る前には、「私が私であることの歓び」に浸って過ごす。

それから、真の豊かさとは何なのかを感じることができるのだと思います。

全てはそこにあったのだと、全てが既にあったのだと、ただ気付くだけだった。
全てを持っていたのだと、不足という概念が消えていく。
自分をますます信頼することになる、いや、信頼したくなる。
絶対的に自分を信頼している。
どんなことがあろうとも、自分を信頼する。全てを受け入れ、ゆるし、自分を経験する。

サイクルが出来てくると、「喜び」だけを選択するようになる。
「喜び・歓び」のスパイラル。


途中では、マニュアルに頼ってもいいし、教材に知識を全部頭にたたきこんでもいい。
方法は人それぞれ。
ひとりとして同じ道も、同じものもない。
だって、私は唯一の存在なのだから。

そうそう、「自分を愛する」ってことばがあると思うんですが・・・。
たぶん、自分を愛しく思えてくることだと思うんです。
人を好きになるのって、理由がないように、自分を好きになることも、愛することも、ただ、そうなんだと、ただそうしたくなるってことだと思います。
私はそうでした。


気付くことの幸せ、これは私にとっては最高のことです。
ただし、これも人それぞれだと思うから、証明する必要もない。



そんな変化を感じている今日、この頃です。

posted by zone88 at 14:25| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月05日

情報商材 路線変更

マーケティングは範囲が広いので、情報商材だけの話になると世界が狭くなるかもしれません。
いわゆる情報商材系でも、アフィリエイトとか、お金儲け関連ですね、その世界にはもう入り込まないことにした。
ここ何年間か、情報を購入してみた結果です。
自分の感覚がおかしくなる。

始まりは、コピーライティングとインターネット・マーケティングの教材を購入したことでした。
そこには、「セールスレター」なるものがあり、コピーライティング技術が存在します。
私は、キャッチコピーとかそういうものくらいは知ってはいましたが、「セールスレター」の存在がそんなに力のあるものだとは思っていませんでした。

でも、どうもおかしいんです。
読んでいて、自分の中から出てくる感情が良くない。
でも、駄目もとでも経験として情報を見てみようかなということで、始めのうちは購入していました。
でも、実際に内容を見てみると・・・・・、

まず、私の感覚ですが、「値段に見合わない情報内容」だった。
セールスレターには、もちろん内容は書いていません。
伏せてある。


でも、最終的には「価値観の違い」というものなのでしょう。
だから、情報商材でもアフィリエイトとか、お金儲け系、セミナー系、お金儲け情報系など、これらの情報は、もうあきらめました。

たぶん、私の体質に合わないのでしょう。
だから、無理に「駄目もとでも・・・・・」とか、「やってみなければわからない」とか、そういうあやふやな気持から購入するのはやめようと思いました。

そこに渦巻く「欲望」の世界・・・・・・。
しかし、皆、必死なのだというのは何となくわかります。
詐欺商材でも、必死なわけです。
相手が信じれば「詐欺」にはならないわけですから。

最後に残ったのはMr.Xだけでした。
まあ、始めもMr.Xでしたけど。


最近、Mr.Xの無料セミナーの音声を聞いたんです。
特典の音声でしたけど、Mr.Xは変りましたね。
良い意味で。
私は、まだXに興味が残っているので、たぶん情報なんかにはアンテナを立てているかもしれませんが、関わり方は変ると思います。

それは、昨日思いました。
Xが変化したように、私自身も変化しているからです。
たぶん、依存はしない。
依存は望んでいないのです、自分が。
だから、追随する形ではいられない。
ということは、離れることになるんですね。
これは、興味を失うって感覚も追々出てくると思うんです。

このブログのカテゴリに「宗教」関連の項目があるんですが、この宗教組織と創始者の関係とか、それに係わる私との関係に似ているんです。

創始者っていうのは、カリスマ性があり、独特の信念を持っている人が多いです。
それに追随する形で「信者」が集まり、「組織」が出来る。
創始者、協力者、依存者みたいな関係が成り立ってきます。
私は、依存することが出来ないので、どうしても組織には馴染むことができなくなってきます。
独立していたいんです。
独立しているからといって、対等であるとか、そういう意味ではありません。
ただ、「私らしく」「私であるだけでいい」という意味での独立です。

だから、他の人の信念とか、徒党を組むとかは、心地よくないんですね。
ただ、それだけなんです。

これと同じことで、会社でもそういうポジションにいます。
自然にそうなります。

だから、Xとの係わり方もそうなってくるんです。
傾向としては、「興味が薄れて来る」んです。
あくまでも、感覚です。
その傾向が強くなるのは、回りに協力者が現れ、その人たちと関わるときです。
たいがいが、「がっかり」する。

これはどの組織に関わってもそうでした。
パートナーという立場だったら、どうか。
もっと要求が高くなるんです。

最近、「○○力」というネットワークに少しだけ参加しました。
これも、興味があったからでしたが、肌に合わなかった。
これも、同じ理由からですね。
それに、強烈な個性を持つ代表でもなかったので、経験したいと思えるものが何もなかった。
だから、すぐに退会しました。
縁がないんでしょう、たぶん。
「水が違う」って感覚に近いんです。
たぶん、そこで泳ぐことができない。
い続けたら、死んでしまう感覚です。

ま、死ぬのもいい経験ですが。(笑)


マーケティングも、ネットビジネスも、上層部にいくにしたがって、確固とした「信念」をもって行動している人が多くなります。
根無し草みたいな人は少なくなります。
これの強烈なのが、宗教団体です。
そして、創始者。

創始者は下部構造をコントロールしたいと思っているのか、思っていないのかはわかりませんが、結果として、「信念」が受け継がれ、まあゆがめられることも多いですが、端から見れば「コントロール」しているように見える場合があります。
故意にコントロールしている人もいるし、それが好きな人もいるでしょう。
そして、「コントロール」されるのを心地よく感じている人が多く存在しているのは確かです。
だって、考えなくていいから。
「信念」を受け継ぐわけだから。
コピーになれたら、そごい力を発揮しますよね。
ある程度は。

そして、「信念体系領域」に入っていく。
その世界しか見えないから、それが絶対だと思ってしまう。
それに気付くこともできない。
でも、気付かないことを決めているのは、ほかならぬ本人だ。
それだけ「信念」には力がある。
それを発揮していることに本人は気付かない。
もしくは、気付いていることを故意に忘れることを選んでいる。何らかの理由で。

会社も、社長、役員、社員、顧客、協力者・・・・様々います。
これも組織なので、同じ構造を持っています。
ただ、つながりが薄い会社と濃い会社がある。
それだけだ。
そして、カリスマ性のある社長とか、ない社長とか、器の大きい小さい、いろいろある。

結局、金太郎飴構造だ。
縦から切ってみるか、横から気ってみるか、または斜め切りするか、つぶすか、まぜるか、溶かすか・・・・・きりがありませんが、もとは「金太郎飴」に変りはない。

では、私はどうするのか。

「抜け出す」
「立ち位置を変える」
「存在のしかたを変える」
「関わり方を変える」
「信念を変える」
「気持ちを変える」

または、

「なにもしない」 → 「変えないで全てそのまま受け入れる」

または、

どのみち、同じ「金太郎飴」なので、「金太郎飴」を創る側に回る。

または、

「金太郎飴」を捨てる。


ここまで、書いていて、頭のなかの観念なので、やめることにしました。


決めたこと、というか、シフトしたことは、
「情報商材」「狭義のネットビジネス」の世界からは、離れることでした。


「転向」です。


何故か・・・・・、ですが、理由は「そうしたかったから」。
興味の対象がシフトしたから。

情報を買っても、教材を買っても、何をやっても、会社にいても、プライベートでも、共通項目っていうのは、「何を経験するか」、「何を経験したいか」だ。
ここに記録を残す意味は・・・・・、「そうしたいから」だ。
頭で空想したことではなく、「事実」を、「経験」を、書いてみたらどうなるのかなあという、あきらかに好奇心からこのブログは始まった。
だから、「目的」としたものがない。
みんなもそうかもしれない。


身体感覚。

ブログも、身体感覚を使う。
私の場合は。
手の延長、脳の延長、記憶の延長。
外部記憶装置みたいに。


私の場合、「興味を失う」ことが、物事の終わりというか、次へのシフトの時期だと思っている。
理由はない。
いつまでも同じもので遊んでいたら、飽きるのと同じ子供の感覚だ。

ど根性はいらない。
ど根性でいじくったら、せっかく組み立てた「おもちゃ」もめちゃくちゃになってしまうかもしれないから。
でも、子供は壊すのが好き。
組み立てたら、壊す。
快感があるからだろう。

ああ、終わらない・・・・・・・ので、このへんで。(笑)

posted by zone88 at 21:27| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月27日

「金持ち父さん」シリーズと資本主義経済

「金持ち父さん」シリーズはロバート・キヨサキさんが出版している本や教材などをいいます。
私もかつて購入しました。
教材でしたが、今はヤフオクで売ってしまったので手元にはありません。

結局、資本家(ビジネスオーナー)にならない限り、お金持ちにはなれないということです。
もしくは、資本家、資産家ですね。

まずは、労働者階級から自営業者になり、次にはビジネスオーナー、そして、投資家へ・・・・・。
資本主義社会の一員であるかぎり、どこかの階級に属しているんですよね、私たちは。

まあ、何を幸せとするかが問題になってきますが。


メルマガは今はどこの誰でもメールアドレスを持っている方なら読んでいると思います。
誰でも発行できるメルマガは、情報起業をする方やそれをセールスし利益を得るアフィリエイターが発行しているケースが多いです。
特に情報商材の場合はこのケースがほとんど。
全部がアフィリエイトといってもいいかもしれません。

情報起業家っていっても、内容はほとんどがこの手が多いです。

自分の情報商材を売る。
他人の商材を売るアフィリエイト。
ヤフオク・アマゾンなどで商品を転売する。(せどり)

ほとんどがこれです。
知らず知らずにみなさんがやっているのが、ヤフオク。
私もやりました。
垣根が低いので、ビジネスっていう自覚がありませんでしたね。ほとんど遊びに近い。

メルマガアフィリエイト・・・・・これでは、さんざん詐欺商材に合いました。
本屋さんだと、本が立ち読みできて、どうしても欲しい場合購入します。
しかし、情報商材っていうのは、まったく中身が見えない。
それで、数千円、数万から数十万とかします。
これって、金銭感覚がおかしくなる。
そして、商材の中身を見て激怒したことが何度もありました。

買う方が悪い。

この一言ですまされる問題ですか????


本の場合は出版社が関連してくるので、あるレベル以下の本ってあまり見受けられないと思うのですが、情報商材っていうのは、そういうプロの手が入っていない、いわば自画自賛の商品なので、購入者の評判を聞くしかないってことになる。

たぶん、そういうある一定のレベルの情報商材を扱うASPなんてのを立ち上げたら、一気につぶれそうな気がします。
だって、該当の商品が少なすぎるから。
何だってこんな世界が出来てしまったのか?

相変わらずアメリカからのスパムメールは「バイ●グラ」のセールスばっかりだし。

こんな世界を見ている私がいけないのかもしれないですね。
しかし、スパムメールは会社のメールボックスに届きますからね。
対策を講じないと・・・・です。



ところで、宮川明さんという情報起業家?の人がいますが、この方の無料レポートを読んでみました。
「資本主義の世の中であなたが富を築くほぼ唯一の方法」というものです。

無料レポートはこのサイトで読むことができます。

ここでも、資本主義とは何か?
そのルールとは?
そこで自分はどの位置につくか?

こんなことが書かれていました。
ほぼ、ロバート・キヨサキさんと同じ内容です。

「労働者階級にいては、一生富を手にすることができない」
「資本家が富を得る」

これが、資本主義のルール。
だから、そのルールを知って、相応の場所に移ること・・・・・・・・・なんです。

自己資本と人を雇うという立場、これがあれば個人事業主かビジネスオーナーになれます。
労働者とは、労働力を売る人です。
資本主義社会にいる限り、サラリーマンは労働者です。
この自覚ですか。

そして、スモールビジネスを始める。
大規模ではなく、スモールビジネス。
そして、リスクが少なくてはじめられるのが、ネットビジネス・・・・ってことなんです。

あとは、質の問題です。

私がいやだなって思うのは、ネットビジネスと呼ばれるものが、あまりにも質が低すぎるってことなんです。
たぶん、情報によるんだと思うんです。
お金儲けの情報っていうのは、とても人気があります。
でも、詐欺も多いです。
欲がらみだからですか。


情報起業したい人が顧客となって、情報を作った人から商材を購入する・・・・っていうケースがほとんどですよね。
だから、とてつもなく狭い世界だと思うんです。

一時流行ったキャッチコピー「元ニートの●●が●●で●千万稼いだ●●とは・・・・」みたいな情報がほとんど。
見たことない人は、ヤフオクの「情報」っていうところに行って見てください。
転売情報だらけです。
暴露情報とか。
ま、この世界の裏の裏が見れるというか・・・。


私がこの世界(インターネットビジネス、マーケティング)の世界に初めて出会ったのは、小川さんのサイトでした。
何で出会ったのか・・・今でもわかりません。

あ、そう、そうでした。
サイコサイバネティクスでした。
Dr.モルツの心理学を基にした教材でした。
心理学に興味があった私は、自己改革のためにいろいろ検索していたのでした。
そこからですね。
何故か、この世界に入ってしまったのは。
何で、マーケティングか?
これも、マインドセットが大切だいうことを思ったので、Mr.X関連商材を購入したのでした。
それ以外に理由はありませんね。

それから始めたのが実践ですが・・・・・・これでメルマガを購読し、今は一日千通は来てると思います。
みなさんもそうだと思いますが、ほとんが「迷惑メール扱い」です。
こんなにひどいのか・・・・・です。
感想は。

いろいろ勉強しました。
高い勉強代ですね。

それでも、このスパイラルは延々と続いていくのでしょう。
だって、ネットビジネス初心者は必ずひっかかりますから。
最近は、「商材レビュー」のブログページがはやってますね。
これは「おススメ」とか、「これは詐欺だから買うな」とかのページ。
でも、これもからくりがあるとか、ないとか。


おおおーっと、資本主義でしたね。

そうです。
労働者階級にいては、いつまでも富は資本家に持っていかれます。
だから、小さくてもスモールビジネスを立ち上げ、自営業者もしくは資本家という位置に移動する。

ただし、リスクがある。
資本家になり、従業員をやとって、事業がうまくいかなくなった場合だ。
大体、2割の企業しか利益を上げられない。
8割はとんとん、もしくは赤字、もしくは倒産の憂き目に会うから(統計からして)、リスクを考えることが必要。
だから、リスクの少ないネットで、小さな事業を始める。
これが理想かもしれない。(私にとってはです)

あとは、内容。
これまで自分が築いてきたもの、もしくは経験。

好きだから出来ること。
やらされ仕事、義務感でやっている仕事は、たぶん続かずストレスになり、事業もうまくいかないだろう。
だから、好きなことを仕事にする。
だから、妥協は許されない。

もっと時間をかけてもいいかもしれない。
これだけ(もう4年も)時間を積み上げてきたのだから。


労働者
労働力のみを提供

自営業者
労働力+自己資本の提供

資本家
頭脳労働+自己資本の提供

投資家
自己資本の提供



単純なルールのように見えて、しかし、単純ではない。
いろいろな資本主義構造があるからだ。
そして、「見えざる神の手」。

そんなことを考えて、外にうまく順応して生きていくのをよしとするのか、「こうしたいからこうする」といって、自分を最優先するのか、はたまら「無欲の大欲」となって、そんなことは考えずに目の前のことに集中して欲を出さずにものごとをこなしていくのを選ぶのか・・・・・は、自分のハートに聞くしかない。

皆、心地よい方に進み、心地よいものを選んでいくのだろう。
たとえ、それが人によっては富を得られないものであっても。


ちょと、複雑に考えすぎた。
反省。(笑)


そうえいば、昨日「朝まで生テレビ」に何名かの起業家が出演されていましたが・・・。
情報起業家ってひとりも出ていませんでしたね。
たぶん、「仕事内容は・・・何ですか?」ってときに、
「ブログアフィリ、メルマガアフィリ、ヤフオクでせどり、そして自社の情報商材を売っています。社員3名、年商●億円」なんてことを言ったら・・・・どうなんでしょうね、驚かれるかもしれませんね。

もしくは、ASPとか。


そんなことを思いながら、テレビを見ていましたね。
posted by zone88 at 21:41| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月20日

Mr.Xブログは終了しました。

このブログで何度かご紹介してきたMr.Xブログのページは終了しました。
昨日2/19に。

新アドバンスマインドの販売プロモーションが終了したと同時にブログも閉鎖されました。
凄いですね。
さすがに早い。

登録者数は確か777名以上はいたと思いますから、私が登録した時点からはかなり増えたことになります。増殖って感じでした。


メールでそれ以外の案内なども来ていますから、メールを受け取っている方はまだいろいろMr.Xに触れられる機会というのもあると思います。
まあ、ネットで検索すれば何かが出てくるとは思います。


それにしても、無料特典というか、無料セミナーがすごい量でしたね。
これはテレセミナーでも言っていましたが、無料音声とか無料で提供するものの話が出ていましたから、徹底ぶりはすごいものがあります。

私は女性なので、なんともいえませんが、男性の参加者が圧倒的だと思うんですね。
もちろん、女性向けの商品も発売されているし、男女共通するものもあるとは思いますが、どうしても男性に偏ってしまう気がします。
プロモーションヴィデオも男性ばかりだし。
ヴィデオを見ました。
それでこのプロジェクトに参加するかどうかが決まるんですから。


そうそう、女性向けの商品も発売になるらしいです。
メールを受けている方はご存知かもしれませんね。
◎◎◎◎募集がありましたから。

私も興味があったので応募してみましたが、応募者が多かったらしく、選考がありました。
連絡がその後ないので、たぶん落選したんだと思います。
がっかり。
興味はあるんですが、落選するとがっかりしますね。
選考っていうのは良くないと思うんですよ。

適合する人っていうか、そういう感じの表現方法ってなかなあ。
結構、選考にもれましたっていうのは傷つきますからね。
それがたとえ無料とかであっても。
いや、無料だからよけいに傷つく。

たぶん、あまり知らない人だったら、また深い関係性のない企業とかだったら別に気にもなりませんが、結構、音声聞いたり、教材を購入したりして親しみを感じている相手から「今回は選考にもれました。」なんて冷たく言われると、とてもがっかりする。

ま、そんなもんです。


ということで、その商品が発売されてから内容を知るって感じです。


でも、そんなことと、Mr.Xは関係のないことで、内容が素晴らしいものであればいいわけです。
ただし、微妙なことを感じるのが女性というもの。
これは男性と違うところ。


あ、それから、きのう私は喧嘩をあまりしないってことを言っていました。
確かに、喧嘩をしないんです。
しかし、怒ったりはしますよ、普通に。
喧嘩の話をしていたら、きのう帰り道に喧嘩している男性同士に出会いました。
きっと肩が触れ合ったんだと思います。

「お前が先にぶつかってきたんだろう」
「いや、お前が先にぶつかったんだよ、何いってんだ」
あきらかに他人同士でした。

こんな感じの会話で、殴り合いの喧嘩になりそうな勢いでした。
怖かった。

でも、私は、殴り合いの喧嘩ってものを自分の目で見たことがありません。
プロレスなんかも見ないし。
ファイトを実際に見たことはない。

でも、映画の「ファイトクラブ」は好きです。


たぶん、喧嘩にならない理由というのは、全て納得するから・・・・・だと思います。
違う見方をされても、本当に心から相手の意見に同意するからだと思います。
「そういう見方があるんだ、面白いなあ」って思うから。
だから、意見の食い違いっていうのが少ない。
方法はいろいろあるって思うから。

仕事では、効率的に物事を進めるので、相手がのろのろしているとイラッっとしていた時期もありましたが、最近はそういうことよりも、それに遭遇して関係性を築いている自分に興味がある。
「何でこういうことを経験するのだろうか」なんてことを。

いろいろ試しているってこともある。
気分がいい時と気分が悪いとき。
その発生のしかたと結果とか。


考えてみたことがあるだろうか、自分のバージョンがたくさんあるってことなんかを。
例えば、先程の話題でいえば、

Mr.Xの女性向け商品の◎◎◎◎に応募して選考に受かった場合の自分、
そして、選考に落ちてしまった自分。

この場合はふたつのバージョンだ。
そして、それに関係している人たちもふたつのバージョンを持つことになる。

受かった場合はそれに対応するスタッフの人たちとの関係性が生まれる。
落ちた場合は関係性が生じない。

これを押し広げていった場合、世界はふたつ出来上がることになる。
そして、それがもっと多重構造だとしたらどうだろうか。

どっちも、「自分の選択によって創られた世界」だとしたらどうだろうか。


そんなことを考える。
だから、誰が偉いわけでも、強いわけでもない。
ただ、どちらにも「私」は存在して、「経験」していることだけは確かだ。

「経験」の内容は違うにしても、この物質世界で体をもって存在し、何かを感じていることだけは確かだ。

「私」の内部から見る世界。
「私」の眼球に映る世界。
「私」が感じる世界。

皆、違うバージョンのAさん、Bさん、Cさん、Mr.Xだ。
私も無限、他も無限。


別にSFではない。
イマジネーションで遊んでいるわけでもない。


でも、どのバージョンの自分も何かを感じ、欲求をもち、存在している。
そして、そのいろいろなバージョンの自分の上、(視点が上)に位置する自分がその世界を見下ろせたら、また全てを感じているとしたら、面白くないか。
どれを経験してもいいのだということになる。
そう、男性も女性も。
もしかして、性転換手術を望むかもしれない「自分」もいたりするわけだから。

ただひとつつまらないのは、多様性がないことだ。
そして予測可能なことだ。

つまるつまらないの話ではないのだけれども・・・・・。


釈迦の言葉があった。
自殺を考えていた人(無能な巨人に対して)に「あなたが呼吸しているだけでこの世界に影響を与えている。だからあなたは無力ではない・・・・・」みたいなことを言っていた・・・。

手塚治虫の「仏陀」に出てくるエピソードなので、結構強烈に憶えていた。
でも、言葉はまたく違うと思います。
でも、そんな感じ・・・っていうことしか憶えていません。


しかし、この無能な巨人が「視点が上の自分」の存在を知っていたとしたらどうだろう。
心の奥底で知っていたら。

それは、偉大な「経験」となるのではないか。
多様性ということから言えば。

でもそれを自覚していなかったら、悲惨な人生ってことになるかも。


何を望むか。
何を喜びとするか。

どこのラインの「自分」が・・・だ。


規則。
まったく関係のないことかもしれませんが。
「犠牲者」の人生を選んでいるならば、この世界は法律で縛られた監獄ということになる。
何で人が決めたことに従わなければならないんだ。
私はこうしたくない。
こんなことを思ったりする。

「何で信号無視したらいけないの?」なーーんて。

でも、「犠牲者」でない場合。
規則や法律があっても、それを遵守するのではなくて、「選ぶ」
自らがそうしたいからそうする。
それが法律にたまたま合致していたってことだった・・・・とか。

よくいう天邪鬼(あまのじゃく)ですか。
「かわいくないね」とか言われる。


こんな小さなことから、「惰性で生きる人生」と「意識的に生きる人生」に分かれる。
「他人に押し付けられた人生」か、「自分で創り上げる人生」か。
「不満・愚痴」か、「経験・喜び」か。

現れた現象で判断はできないなと思う。


だいぶ話がそれました。

Mr.Xは女性と喧嘩するんだろうな。
というか、過去にいろいろ面白いエピソードを聞いたことがあったので、そう想像しただけです。

私は喧嘩とか、虐待とか、そういうことは人間関係においてなかったので、そういう話を聞いて刺激的だった。
本では読みますよ。
テレビでも盛んにニュースしてますからね。
でも、テレビはあまり見ないし。
特にネガティブ系はチャンネルを変えます。
見たくないから。


しかし、何でMr.Xに興味があるんだろう。

たぶん、未知の世界を押し広げてくれる人だからだろう。
「これは受け入れられない」ってことが出てきたら、たぶん私はそこのところには触れない。
触れられるところだけ、受け入れたいところだけ。

ま、そんなことで、
Mr.Xのブログが閉鎖して、その潔さに天晴れと感じ入っている私でした。
posted by zone88 at 19:41| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月19日

びっくりした・・・ソウルメイトの話で

Mr.X関連です。

ソウルメイトの話が出まして、驚きました。
ソウルメイトに関しては、かなり本なんかも読んだので。
現に、今の彼はソウルメイトだと思っていますから。
なんていうか、説明がつかないんですね。
友人とか、家族とか、周りの人なんかはそんなことを感じますね。

日本語でいうと、「縁がある」っていうんですか。
どういうんでしょうか、つながりを感じるんですよ。

林原っていう企業がありますが、あそこはすごいらしいですね。
社長と社員の関係が凄いっていうのを聞きました。
これは、政木さんの話で聞いたのですが、すごい縁らしいですね。
前世からのつながりっていうものです。


私って、あまり喧嘩とかしないんですね。
喧嘩にならない。
なんていうか、喧嘩ではなく、無言の方になる。
特に、恋愛関係とかでは、喧嘩っていうのをしたことがない。
どっちかというと、醒めてしまって、興味がなくなって、「愛がなくなった」って感じですか。
一気に他人になるって感じなんですね。
だから、喧嘩もなにもない。
浮気とか、なかったですね。
そう、驚いた。
浮気で悩んだってことがないですね。
その前に終わってる。

どっちかというと、浮気相手になってしまってってケースはありましたね。

不思議だ。
ま、知らなかっただけってこともあるかもしれませんが。


今の彼は、あまりにも不思議な出会いと、感情の強さ、深さ、信頼度、精神的なつながりってことからいっても、ソウルメイトだと思っています。
だから、信頼している。
何でっていわれても、信頼できるんです。
安心できるんです。
これは、問題があっても、逆境があっても、いろんなことがあっても、関係がないんですね。

名前のない私とあなたの関係って感じです。
だから、外見とか、経歴とか、いろんなことは二義的なことなんですね。

不思議だなって思う。


人の顔ってずっと変わらないっていいますね、生まれ変わっても。
これも不思議。
だから、今のような顔をしていたんですね。


人間関係で困ったことっていうのは、ありますね。
好き嫌いが激しいというか、嫌いな人はとことん嫌いってことがありますね。
どこがっていうことは、あとで理由付けします。
例えば、臭いとか。

だから、近づかない。
無理をして付き合わない。

人間関係も直感で選んできた。
大体、好きな人っていうのは相性がいいし、何となく嫌だなって人はやっぱり合わない。

誰でもそうかな?
そうかもね。

家族ともとても仲がいい。
喧嘩って数えるほどしかない。
心地がいい。
親戚も、心地がいい。

凄い人間関係には恵まれている。
人間関係にも・・・・・です。
会社でも、皆に愛されてるなって感じる。
家族にも愛されてるなって感じる。

協調的な人間なんだと思います、基本的には。
でも、これって、妥協もあった。
それが、「意識的に生きる、意識的な選択」をすることによって変化してきた。
それは、Mr.Xに出会ったり、病気をしたり、いろいろな経験をしたり、美術・音楽などの芸術、思想、哲学、精神世界、・・・・・・・いろいろなものに出会ったおかげだ。


最近、感じるのは、私ヴァージョンの世界ってものが確実にあるなってことなんです。
関係性はありますが、全ては幻想であるけれども、どこかの1点、いや点では表現できないどこかにいる「私」が、それを知っている気がするんです。
感じているのは、誰でもない「私」であって、ひとりなんです。

次元は多次元だともいえなく、とにかく人間の数だけ存在してもおかしくない気がしています。

これは、ちょっと精神世界的な表現ですかね。
わかりにくいかもしれない。
感覚的なんです、とにかく。
私が感じたことなので、私のものでしかありません。

人は「創造者」であるということとか、クリエーターですね、犠牲者ではなく、他から影響を受けて惰性で人生を形づくるのではなく、「意識的に人生を創造していく」

それって、ただ存在することだけって気がします。
ここに存在すること、この地球という巨大な遊び場で、愉しく創造する。
ここに存在し、経験する。
自分が意図的に創造したものを経験する。


あ、、、ちょっと、他人の意見が入ってますかね。
本を読んだりすると影響受けますからね。


話はそれましたが、彼のことは信頼しています。
究極、「無条件の愛」と「無条件の許容」を考えてしまうんですね、彼の場合は。
何でか。
だから、彼に忘れられても・・・・・云々なんて話が出てくる。
忘れられることなどないとわかっているのに・・・・です。


ソウルメイトって、言葉で説明できるものも沢山あるけれども、「会えばわかる」っていうのがソウルメイトなんじゃないかと思います。
感じる・・・・・って世界。
そう、感じる。


それは、絶対的に自分を信頼しているからだと、私は思います。
他の人はどうかわかりませんが。

言葉にならない何か。
愛情を超えた何か。


ソウルメイト・・・・魂の友ですが。

いわゆる「ソウルメイト本」では、相克の仲の人もソウルメイトだといいます。
だから、よっぽど縁のある人なんですね。

とても懐かしい場所、人、時代、物・・・・・・、そう感じられるものってありますよね、誰だって。
そして、古いって感じるもの、そう、つきあいが古いって感じるもの、かなり前から知っていたんだなって感じる人、もの、時代・・・・・・・様々。
それって、一笑されるものかもしれない。

ばかじゃないっていわれるもの。


でも、私は、私の感覚、私の感じ方を信じる。
だって・・・・・・・、


でも、寂しいけれど、それも幻想だと感じている。
全て。
いや、寂しくはないか。
冷たいわけじゃない。
ラベル:ソウルメイト
posted by zone88 at 21:09| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新商品が発売されました。

Mr.X関連です。
「複数のソウルメイト」という音声が出ています。

私はまだ追いついていないので、猛スピードで追いつかなければと思っていますが、皆さんはもう聞かれましたか?
ブログで紹介したブログや無料セミナーを聞かれた方であれば、ご案内が来ていると思います。

私はまだ追いついていません。
この音声の前にいただいた音声をまだ消化しきれておらず、レポートも出していないからです。

凄い勢いです。

もう、新商品が発売になっていますので、お申し込みの方はお急ぎ下さい。
期限内でないと申込みができません。

かなり、真剣なオファーです。
いい加減な気持ちでは参加できません。
これは本当です。

中途半端だとお金を捨てることになります。
ブログをご覧いただければわかると思います。

http://bit.ly/aH6BUu

posted by zone88 at 12:57| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月04日

Mr.Xの新ブレインダンプ その後

Mr.Xの新ブレインダンプですが、何度かやりました。

何度もやっていくうちに、かなりいろいろなものが掘り出されてくるんですね。
私の頭の中には、こんなにもいろんなものが詰まっていたのか・・・・ってくらい、たくさんありました。

でも、共通しているというか、みな「点」なんですよね。
どっかでつながってる。
その頂点のものがあるんですけど、それってこのブレインダンプでは頂点に持ってこれないんですよ。

何か、やり方がおかしいのかなあ?
とか思いながら、やっています。

確かに、4つの原石を見つけると「すっきり」します。
だから、みつける作業をしてみたんですが、いざ、それをスケジューリングする段階にきたら、???ってことになってしまった箇所があった。

これって、誰に聞いたらいいのかなって思いながら、やっていました。

しかし、最後までやりました。
でも、まだ整理できていないので、もう一回見直してみようと思っています。

何度やってもきっと同じことが出てくるんだろうなって思います。
でも、忘れてたことなんかがある。
でも、それは小さなことなんだと・・・。


しかし、やってみて、だんだんはっきりしてくるんですね。
一体、私はどこに向かっているんだろうかって。

これをやらないと、きっと、回りに反応するだけの人生になってしまって、きっと愚痴を言って、犠牲者的な生き方になってしまうんだろう。

根本ってありますよね。
「何で、私はこれをやろうとしているのか?」
「何で、私はこれが好きなのか?」
「何で、これをするときは体が自然に動くのか?」
「何で、これを考えるとわくわくしてすぐに行動したくなるのか?」

行動の前には思考があるけれども、きっといい気分でないとやる気はおきない。
この「やる気」ってどこからわいてくるんだろう?

これは、気分のいい方に向かっていったときに出てくるんだろうと思う。
だから、やらされ仕事っていうのは「やる気」がおきない。
でも、その上に「自分のしたいことの頂点」ってものが乗っかっていて、それが自覚できているならば、どうしても「やる気」が出るように工夫するだろう。

長期的な満足だ。

短期的な満足ではなくて。


視点を変える。
「いい気分になる」ように、「やる気」が出るように、視点を変えて物事を眺めてみると、体が変わる。

「いい気分」でないということは、不満足な状態なわけだから、満足の状態になるような発想に変えてみると、「いい気分」になって、身体が「やる気」を起こす。

だから、ポジティブ思考っていうのは、やはりいいことなのだと思う。
本気で。
自分を曲げることではなく、これは自分をコントロールすることになる。
そう、自分をコントロールすること。

自分を歪曲するのではなく、自分をコントロールする。
それが、本当に自分が望む方向に向かうためのものなのだとわかっていたら。

自分をコントロールするってことが、今まではよくわかっていなかった。
矯正するようなイメージがあって、いやだった。
でも、今回、ようやくわかった。

自分をコントロールできたときに初めて、周りをコントロールできるのだということが。

世界は内にある。
自分の内にあるのだと思う。

でも、まだちょっとこんがらがっていて、整理できていない感じがします。

でも、自分をコントロールすることは、自由を得ることに近いと思った。

自由。

素晴らしい。

人は誰でも自由になりたいのだから。


毎日、気付きががくさんある。

楽しいな、毎日。
posted by zone88 at 19:51| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月31日

ブレインダンプをしていたら・・・

Mr.Xの新ブレインダンプをしていた。
何回もテレセミナーを聞いて、何度かブレインダンプをした。

脳の中身、思考の中身というか・・・・・。
そうですね、たくさんあります。

従来のブレインダンプとははっきり違うといえます。
すっきりする感じです。
シンプルになる。
それも、自然の摂理に適っていると思いました。


それで、ブレインダンプをしたんですが、どうも、すっきりしない。
次から次と出てくる。
それも、日をおくと、また出てくる。

なんでしょうね、「私が本当にしたいことって何なんだろう?」って考えると、次々出てくる。
あ、あれもあった、これもあったという感じで。

今、フォーカスしていることはすぐに出るけれども、過去に考えていたことで、今またそれが出てきたりする。

その中のひとつに、「幻想絵画」がある。
キーワードはあったんですよ。

最近、「青い肌」について書いていたので、何で「青い肌」に興味が出てきたのかといえば、「幻想絵画」だから・・・・ってこともありました。
今日、日曜美術館(NHK)を見ていて、またありましたよ、「青い肌」の絵画。
どうも、芸術関係に多い。

どうして、「青い肌」なんだろう。

白人は白(厳密にいえば違うけど)
黄色人種でも、いろいろありますね。
青みがかった黄色みたいな肌の色とか、白に近い黄色とか。赤みかがった黄色とか。
黒人でも、たぶん青みががかった黒とか、赤みがかった黒とかあるような気がします。

もちろん、今は混血しているから、だいぶ肌の色も複雑な色になっているかもしれません。

でも基本的には、白、黄、黒がベースですか。

「赤い肌」ってあまり絵なんかでも見ませんね。

赤鬼、青鬼っていますから、ありえなくないと思いますが。
たぶん、お酒に酔っ払ったら赤い色になっていくから、まあ違和感はないかもしれません。

光の三原色は、RGB
赤、緑、青です。
だから、「緑の肌」なんかがあってもいいのに・・・・、絵にですよ。

CMYKは加色法っていうので、プリンターのインクなんかがこれを使ってる。
だから、
シアン、マゼンダ、イエロー、ブラックってことになる。
だから、シアン(青みがかった色)、マゼンダ(赤みがかった色)、黄、黒ってことになる。

こう考えると・・・・、「緑の肌」があってもいいじゃない。

何でこんなことを考えるのかといえば、体は物質だから。
体を作るときに、考えたんだと思うんですね、何色にするか。


そんなことから、芸術のことに行きつき、そして、「幻想絵画」に戻った。
戻ったってことは、今はあまり見ていなかったから。
色々手放した時期があったので、この「幻想絵画」も、またそれを知るきっかけになったもろもろのことも、全て忘れていた。
たぶん、飽きた・・・・という部類に入れていたんだと思う。

それが、また復活してきたので、仕事に関する「自分がもっともやりたいこと」っていうのが、たくさん浮き彫りにされてきたんです。
幻想絵画の部類に入るアーティストを調べているうちに、

何で、
私は、
幻想絵画が、
好きなのか?

ということに突き当たりました。

そして、関連項目を調べていったら、文学、超現実、思想、精神分析、などのキーワードがまた浮かび上がった。

驚いたけれども、全て「点」だった。
今は、「線」にななって、「面」になり、「形」を帯びてきた感じがしている。

何気なく手に取った本とか、皆、つながっている。

だから、直感を信じようと思ったし、自分が好きな方向にしか進んでいないことを発見した。
「自分を信頼する」とか、「許容」するとか、「空」とか、「虚」とか、みなつながっていた。

どうも、自分の中で「どこかに向かっている」っていう感じがしている。
でも、わからない。


「幻想絵画」は、幻想を絵画にしたものですが、その方法は作家によって様々だ。
夢だったり、意識とか、概念とか、自分とかを排除する方法をとってみたり、様々なことを試して絵を描いていたのだ。
だから、現実の裏側っていうのか、そういう世界を覗く感じがするのだ。

例えば、有名なところでいえば、ダリとか、マグリット。
「シュールレアリスム」の実験的映画で「アンダルシアの犬」っていうのがある。
何でそんなのに興味があるのかといえば、

ただ、興味がある・・・・としかいえない。

これは感動の部類とかではない。
どうしても興味がわく・・・という部類だ。

好奇心だ。


そんなことから、ブレインダンプをしていても、すっきりしない。

私に合っているんだろうか?って思ったりもした。
でも、やる。

やってみたいから。(笑)

結局、新ブレインダンプも、私の「好奇心」の表れとして出てきた感じだ。
こんなこと言ったら、新ブレインダンプを真剣にやっている人に失礼かもしれない。
でも、本当のこと。

新ブレインダンプは・・・・・・、楽しいです。


★   ★   ★   ★   ★  


Road to Roma0.jpg

Paul Delvaux − Road to Roma

posted by zone88 at 17:17| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月26日

物事はシンプルに

私はアートが好きなので、当然絵画なんかも好きで見ます。

好みっていうこともありますが、大体メジャーな作家の絵は一度は見ます。
でも、だんだん飽きてくるものがある。

これって不思議なんですが、ものすごい感激したものでも、時とともに色褪せて飽きてくる。
それも飽きないものって、だいたいがシンプルなんですね。

流行を追ったものって飽きがくるっていいますよね、ものとかでも。
洋服なんか特にそうだし。
だから、長く持たせるには、流行を追っていないベーシックなものを選ぶことになったりする。

しかし、アートは・・・・時代を反映しているものが多いので、流行の影響を受けているものも多い。

一番シンプルで普遍的なものを描けば、たぶん飽きはこないだろう。

たとえば、人間の体、大自然、作物、など、人間の手が入らないもの。
それも、人口的でないもの。

だって、人間の体なんて、整形したら変ってしまうから。

自然のもの・・・・海、山、風景、四季、食べ物など。

形が変らないもの。


でも、絵画にすると、今度は描き方の問題が出てくる。
そう、構成だ。
それと、描き方、色使い、素材など・・・・。

しかし、飽きが来るものは、概して「描きすぎ」ているものが多い。

省くことをしていない。
構成上、どんなに素晴らしくても、限界まで省いていないものは、真実が見えてこない。


マーケティングでブレインダンプをしても、あまりにも欲望が多すぎると、今度は収集がつかなくなる。
では、どうするのか。
一番大切なものだけを思い切って残す。
それ以外は、捨てる。

これを絵画でやった場合、「余白の美」」ですか。
対象の際立った美しさを浮き彫りにするためには、余計なものを省く。

これが、難しいことは、描いてみるとわかると思う。
何を残すか。
何をけずるか。
何を描くか。
何を描かないか。


シンプルにすると、美しさが際立つ。
ものの本質が見えてくる。
ものの本質は美しいものだ。

絵画も、音楽も、マーケティングも、愛情も、あらゆるものは、そのようにシンプルにしてみると、本当に大切なものが見えてくるかもしれない。
そして、それを大切に、それに感動することによって、何かとてつもなく大きなものを見つけられるかもしれない。


結果として私の頭のなかに残っているものは、少ない。
絵画も・・・少ない。
音楽も、文学も少ない。

波動で磁石のように物事を引き寄せているならば、もっと波動をあげるようにしよう。
ラベル:シンプル
posted by zone88 at 19:31| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シンクロ・・・再び

シンクロニシティのことを考えているわけでもないに、「偶然の一致」が最近多い。
しかし、私にとって直接関係のある経験というわけでもない。

先日、「イギリス」「ロンドン」「画廊」とか「ギャラリー」というキーワードでを検索してみた。

「夢」っていうのははっきりしないのだけれども、何となく調べるだけ調べてみるか・・・・・って感じで、いろいろ見ていた。

サイトがあるのは現代アートばかりで、モダンアートとかはみつからなかった。
もしかして、ロンドンで働けたら嬉しいな・・・って思い描いて、探してみたのだ。
出来ることとか、夢とかを混ぜ合わせながら、色々調べたけど、収穫はあまりなかった。


そして、昨日。

会社関係で、お客様からメールが・・・・・。

なんと、日本美術か、現代アートかしらなけど、ロンドンで拠点とかギャラリーとかを立ち上げて事業を云々・・・って内容が目に付いた。

キーワードは、

「イギリス」
「ロンドン」
「ギャラリー」

だった。


まさか、そんな話を聞けるなんて思ってもみなかったので、驚いた。
こんなことを考え始めてから、まだ一週間程度なのに。

でも、なにか進展があるわけでもない。
ただ、現実が少しずつ形づくられているような気がして、楽しかった。


そうだ、「Mr.Xの新ブレインダンプ」をやろうっと。

どんな事柄も、偶然ということはないと思うから。
どれも自分のクリエーションのなかの出来事だと思うから。

自分を100%信頼して、「夢」を「欲望」を、「本当に自分が欲するもの」を見つけ出そう。
どんどん変化するかもしれないけれど、それも楽しいことだ。

「情熱」を見つけよう。


波動が上がるとシンクロニシティが増えるらしいですよ。
これは、結構誰でも言っていること。(スピリチュアル関係の人ですが)

波動、周波数。

そうそう、言語は周波数の違いがあります。
英語の聞き取りができないのは、周波数に慣れていないから。
日本語の周波数は低く、英語の周波数は高いらしいです。

音声は「波」です。

波が伝わって、耳に届く・・・それが音声。

意識の波・・・・・これが「波動」って呼ばれるものなのだろうか?


一般的に波動っていわれているものは、たぶん「意識の高さ」とか、「マインドの強さ」とか、「心の広さ」とか、そういう、目に見えない領域のことを指して言っている場合が多いと思う。

「意識の高さ」

意識が高いってことは、視点が高いってことで、視点が高いってことは、意識が拡大しているってことだろう。山でいえば、どんどん頂点に近づいていく感じだけど、頂点ではない。

頂点はない・・・・と思う。


「新ブレインダンプ」をすることによって、何か、もっと、この領域が広がる気がする。

意識の領域

シンクロニシティ


楽しみだ。
ラベル:シンクロ
posted by zone88 at 10:40| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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