2013年05月10日

夢を見た後に思ったこと −並行世界

先日見た夢では、友人などの登場人物の役柄が違っていました。
役柄とは、今の現実の友人とは「役職」とか「生活スタイル」とか、「家族構成」、「住んでいる世界」などが違うってことです。
私は、同じ人物で、同じ感情を持つ人物でしたが、あきらかに経験が違う。
しかし周りにいる人物は、過去に出会った人ばかりでした。
数人は、現在接している人がいたり、未だ出会っていない人もいました。(知ってはいるが、出会ってはいない)

すぐに、別世界だと気付きました。
「これは、違うバージョンの現実なんだ」と気付いているんです。

そして、目が覚めて、しばらくしてから、
はっきりと、「私は別のバージョンの世界に行っていた」と感じました。

その世界は、今の世界よりも荒れていました。
友人はとても貧しくて、旦那さんが病気になったからと言って、自分が働かなければならないと嘆いていました。
しかし、その世界でも豊かな人は豊かなのですが、世界全体としては、今よりも暗い世界という気がしました。
そのような並行現実もあるのだと思いました。

落語を聴いて、ゲラゲラ笑っている私と、
悲惨な映画を観て、シリアスになっている私・・・という現実。

たぶん、
現実と表現しているものは、「夢」のいろいろなバージョンで、
真の現実とは、もっと違う何かなのだとも感じています。

先日見た夢も「夢」、
今居ると感じている世界もまた「夢」の違うバージョン。
では、真の現実は?

それは、人それぞれ、まだ想像の世界なのかもしれません。


私が今感じている世界は、どちらかと言えば明るい世界です。
夢と比べたらってことですが。
いろいろあっても、まだ明るい感じがするのです。

私という存在は、ひとりのようでいて、複数なのだという感じもします。
それと、複数の世界を行き来している、唯一の私という感じもします。
どちらも本当かなと思います。
これは真実っていうことが、人それぞれってことなんだとも思うからです。
感じていることは、すべて真実だと、想像できることは総て現実だと思うからです。
posted by zone88 at 22:15| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月11日

夢の内容が記憶にある…とは

人は毎日夢を見ている。人は毎日夢を見ているのだろうか?
たぶん、見ているだろう。
ただ、内容が記憶に残っている場合は、「こんな夢を見た」と思うのだろう。

今朝方の夢のキーワードは、
赤いスポーツタイプの車、
都会と海岸、
真珠のような海岸の砂、
空中飛行、
ある企業の人たちとのミーティング、ギャザリング、
ショールーム、
ホテル、等。


これまで、空を飛ぶ夢で相手に飛び方を伝えるのは、稀だった。
昨日は、企業の中心的な女性が都会にあるオフィスから駅に向かう途中にある海岸で、私を待っている場所へ飛んで行った。
彼女に上空から手を振って、その後に、着地した。
彼女は、私に飛び方を聞いてきた。

私は、
「階段を下る途中で、勢いをつけて飛ぶと空間に浮かぶから、その後は海中にいるような感じで、自由に飛べるようになるよ」などと話した。
実際には、地球には重力があるから、鳥のように飛べる訳はないのですが、たぶん夢では重力の制限を受けていないのだと思います。

実際、夢では時空感覚は薄れているので、誰でも映画のような場面を瞬時に移動できるのだろう。

キーワードは象徴だ。

赤、
真珠、
海、
都会、
ミーティング、ギャザリング、
空中飛行、
享受、等。

そして、何らかの形で私の現実は変化していくのだ。

夢を覚えている状態を説明しているのを見たのは、
『神智学大要』が初めてだった。
納得する形で書かれている。

睡眠をとるのは何故なのか。
そんなことも納得する形で書かれている。
posted by zone88 at 12:24| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月09日

水の夢

最近は、水関連の夢が多いです。

先日も、昨日も、道を阻む水(浸水して徐々に水位が上がっていく)が出てくる。
洪水かもしれないし、ただの浸水かもしれない。
足元に浸るくらいの水なので、洪水に巻き込まれるとか、そんな夢ではない。

先日は、道を歩いていたら、浸水していて通れないという夢。
昨日は家から出たらその先がだんだん浸水していく夢。
でも、水はすぐに引いて、元通りの道になるのですが。
昨日は、家の前の土地が液状化して、変な臭いの泥が噴出していました。
しかし、生活に影響があるわけではありません。
自分の家は何にも影響がないのですから。

夢での家というのは、自分を現すものとして登場してきていると思っています。
必ず家族がいるのですが、その家の形や大きさはいつも違っています。
周りが影響を受けているというのが気になります。
それは私の周囲の人のことだと思うので。

水とは浄化とか昇華を現しているので、周りが浄化されるということかな。
道の前に水があるということは、私の進む道の先に浄化が必要なものがあり、それはすぐに収まるということかもしれません。
そのように私は感じています。
自分が感じたことが夢の暗示のように思うので、夢診断などは参考程度としています。

それから、いつになく体が軽くなって、空を飛べる夢を見ます。
現実でも体が軽くなって上に浮き上がれるんじゃないかと、たまに錯覚したりします。
それだけ体が軽いんです。
見通しがいいので、どこに何があるのかがわかります。
これは低我の自己の観点ではなくて、高我の自己の観点だと思います。
高我は未来を見渡していて、視野が広いから。

この水関連の夢と空を飛んで下を見渡している夢をみるようになってから、
自分の中で、自分のエネルギーと他人のエネルギーとが混じっているのがわかるようになりました。
他人のエネルギーとは外部のエネルギーのことですが、
事象として結果が現れてくるものです。
事象だけを観るのではなく、感じる。
その感じたものがエネルギー。

他のエネルギーとは、今まで受けた教育や思い込み、信念などが代表的なもので、
概念として自分の中にあります。
しかし、それは私のものではない。
あくまでも後でつけられてたもの。
しかしそれを自分のものとして受け入れていくと、それは愛のエネルギーとなって光となり、
そこで初めてチャレンジや障害や闇に感じていたもの、壁と感じていたものがチャレンジとなって、
後に自分の中に経験として残る。
その経験は統合されたものなので、自分のものになる。
分離とは闇であり、個人的な信念であり、概念であり、他人と分離した経験であり、思い込みや教育や、
大きくは陰謀系のマトリックスだ。
それを統合する。
マトリックスと呼ばれる監獄の監視人も、自分の中に存在する分離だ。
それをも統合する。
統合とは愛と光。
チャレンジした経験だ。
排除するのではない。
受容だ。

はっきりと自分のエネルギーと他のエネルギーがわかる感覚とは、
このことなのだと感じた。
四次元のマトリックスで闇に傾いてしまうとは、他のエネルギーを自分のエネルギーだと勘違いしてしまうからだ。
そこではっきりと分離があり、自己のエネルギーと他のエネルギーがあるのだとわかると、
統合できることになる。
分離から統合へ。

自己の中の女性性や男性性なども分離だ。
それを統合する。
愛がすべてを結びつける。
男女の愛が子供を産むように。
結合であり、統合だ。
その結晶が愛の結晶と呼ばれる子供。
子供はまた女性性や男性性に分離するけれども、もともと両性具有だから、統合に戻ればいい。

愛の結晶として生まれて、男性になり女性になり、最後には統合してまた愛の結晶に戻る。
それが多次元から下降して3次元で肉体を持ち、男性となり女性となり、そこからジャンプして統合し愛の結晶に戻ることだと
私は感じている。
今はその時なのだと思う。
大きな意味での統合。
三次元の小さな私はかけらであり、本体の私はもっと大きな存在なのだと感じる。
それは統合すればするほどだ。

その過程として、自己のエネルギーと他人の外部のエネルギーというものが区別できるようになってくるのだ。
それから統合だ。
どうしてわかるのか。
それは、自分はっきりとそう感じられるかだ。
どうしてポジティブにならなければいけないのか。
それはポジティブとは統合のことだからだ。
ポジティブ思考がいいわけではない。
それを幻想に利用したら、逆戻りなのだ。
幻想という分離を拡大するという罠にはまってしまう。
それが私が感じていた間違ったポジティブ思考だ。
幻想を利用して現実を構築しようとすればいくらでも出来るのが人なのだ。
それだけの大きさとエネルギーを持つ。

いつか、統合の世界が現実のものとなったとき、分離している自分であればどうなるのか。
それは住む世界が違うことになる。
分離の世界に住む人、統合の世界に住む人が分かれた世界。
そうなってほしくはないと思う。
だって、私とあなたは本来つながっているからだ。
だから無意識層で他人の、外部のエネルギーを感じるのだ。
本来、自分が犯してもいない罪を感じるのは、遺伝として、カルマとして感じているものは、
集合意識の無意識層のもので、それは皆がつながっているからだ。

それらを自覚して、超意識に繋がったときに、本来の自己が無数の自己をコントロールすることになる。
それが自分の世界の創造主ということだと私は感じている。
感じている世界は皆違うから。

それに至るゲイトはハートだ。
ハートで感じること。
誰しもがハートで愛を感じる。
それのみが記憶に残っている。
それ以外は消える。
老人がだんだん記憶が薄れていって、死ぬ前には良い思い出しか思い出さないように。
忘れるという偉大な機能をもっているのが人だ。

愛の記憶のみが残るように統合したいものだと思う。
posted by zone88 at 20:11| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月05日

夢なのか夢ではないのか

夢を見ているときは、奇妙なことって起こるとおもいます。

昨日の夢では、久々に怖い感じがしました。
意味不明の夢なのですが、

右手が上の方にあり、左手が下の方を向いている。
そして、
「どちらかを選べ」という何かが居る。

私はどちらも選びたくなかったので、
「消え去れ」と言った。
この、
「消え去れ」の言葉は夢の中でもあり、夢の中ではなかった。
だから、その声で起きた。
確かに、言葉として、しっかりと
「消え去れ」と言った。

何に対してなのかもわからない。
本当は、受け入れて、そのまま相手にしなければよかったと思ったけれど。

その後、起きて、スタンドライトを点灯してしばらく起きていた。
それは、
怖かったからだ。


同じ日の夢で、
この恐怖の後ですが、
母親らしき人に会った。
個室でベッドに座っていた。
病気ではないのに。
そして、
母親を抱きしめた。
やっと会えたという感じがしてとても嬉しかった。

以前、故郷を探して、
その故郷の家には母親がいたのですが、
どうしても故郷に帰る道がわからなくて、途方にくれていたという夢をみたことがあった。
迷路状になっているのだ。
家の近くまで来ているのに、道を進むと道が変化して迷路になっていて、違う景色が出てくる。
だから、家にたどりつかない。


きのうは、あっさりと、母親に会えた。
故郷?
故郷の地というよりも、
母親がいる地が故郷なのかもしれない。
場所じゃない。

実際の母親とは顔形は違っているのに、
その人を母親だと夢では思っていた。
そして、
抱きしめた。

そんな夢だった。


夢診断は参考程度にはしますが、自分が感じたことが一番だと思っている。

以前の夢で故郷に帰りたいとか、
母親に会いたいと思っていたから、
まあ願望は達成された訳だ。
でも、母親に抱きしめられるではなくて、
母親を抱きしめたってどういうことなんだろう?ってのが感想です。
posted by zone88 at 23:59| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月04日

宇宙的な兄弟に会う

またまた不思議な夢を見た。

現実では兄弟ではない人を、私はお兄ちゃんだと思っている。

「あ、お兄ちゃんだ」と言って、私は彼の側に行った。
でも、今からはるか遡る過去の記憶が無い。
お兄ちゃんと私の関係している記憶が抜け落ちている。
でも、その人は、確かに私のお兄ちゃんなのだ。

きっと宇宙規模での古い兄弟なのだろう。
それしかわからない。
最近、会う人は、そのような兄弟が多いのかもしれない。
そう思った。

もとをたどれば、もしかして私たちは皆、家族かもしれない。
多次元的な存在だとしたら、いろんな分身めいた自分が居て、いろんな人と兄弟で、もしかしたら、自分自身かもしれないとも思う。

私たちというのは、無数の自分の統合体が、訳あって分離しているのかもしれない。

きっと、もっと大きな存在なんだと思う。それも想像を絶する程の。

夢の後には、そんなことを感じた。
posted by zone88 at 04:33| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月23日

不思議な夢の記録

今日は、変わった夢を見ました。

※いつも変な夢ですが。(笑)


ぞろぞろと、ある会場に向かいました。

何かの研究発表のような場所で、学会みたいな場で、数百名の人でその会場は埋め尽くされていました。

途中、何かの入り口がありましたが、今はそこには入れませんでした。
※格子で閉ざされていました。

でも、奥をのぞくことができましたから、見てみると、どこかにつながっている道でした。
参道、産道のような感じもしました。
キリスト・・・・というキーワードが関係していると感じていました。

空いている席を探していると、突然真っ暗になりました。
私は四人の人と一緒だったのですが、となりに居た先生(私の先生だということがわかった)が私の腕をつかんでいてくれて、
席まで行けました。
電気がついて、着席しました。
席から奥を眺めると、そこは外界。
大きな山がありました。
その山には、顔が・・・・ありました。
アメリカで、ありますよね。大統領の顔が彫られたような・・・。
あの女性版みたいな感じで、女性の顔が彫られていました。
隣には宇宙人みたいな、大魔神みたいな、そんなものも見えました。

その下では、日本人の男性が何かを発表するようでした。
「あの人は金時計を持っている」そんな言葉が聞こえてきました。(笑)・・・何で金時計?
何か意味があるのかどうかは、わかりません。

ふと上を見ると、名前が書かれていました。
◎◎紹介(自己紹介のような意味なのですが、漢字が違っていました)
20名ちかくの名前が書かれていましたが、その一番最初に書かれていたのは私の名前でした。
私の実名ではなく、別の名前ですが、私の統合された者の名・・・という感じでした。

「何て言おうかな?」と私は考えていました。

夢はここで終わり。
目が覚めてからは、何かに参加したのだなと思いました。
たぶん、どこかはるか彼方の学会めいたものに。
(地球上ではない)


この意味は、たぶん、現実となって現れてくるのだろうと感じています。



昨日、仕事をしていると、
プリントしたものが、溶けていました。(色がうまくのっておらず、どろどろに溶けていた)
それだけだと気のせいということになりますが、
別の印刷物(それも外部で印刷されたもの)の色も、インクが溶けていました。

ここで感じたことは、
「現実(とよばれるもの)が崩壊している」ということでした。
三次元、この次元の崩壊が始まっているのではないのか、ということでした。

しかし、自分が上次元に存在していれば、影響を受けることはない。
(上の次元がいいとか下の次元が悪いとかはない・・・・と思っています)

原子レベル、素粒子レベルでは、崩壊が始まっているのではないか・・・・。
それが、数日前に感じた「私が消えていく」という感覚にもつながっているのだろうと、
そんな感じがしました。

でも、たいしたことではない。
そんなことを感じている「存在」としての私がいるのだから。

既に、この現実というマトリックスは「イリュージョン」だとしたら?
ホログラムだとしたら?

でも、たいしたことじゃない。
そのマトリックスから出ればいい。
扉を開けて、マトリックスを抜けだす、ただそれだけだ。
そして、その扉は自分の方向にある。
内側にある。
自分にしかわからない。

自分に聞いてみるといい。
しっかりと知っているから。

知らなくても・・・・・OKだ。
存在していれば、いつか、わかるから。
時間がない世界に移動すれば、今、そうなのだということにたぶん気付くから。

自分が感じていることは・・・・・、真実だ。
自分の奥には、自分しかいない。
自分に嘘はつけない。

自分が感じていることが、真実だ。
他人と違ってもだ。
だから、他人に証明することも必要ない。
それぞれが違うのだから。

当たり前だ。
自分と同じ人が世界に居るだろうか?・・・居ない。
それと同じだろうと思う。

唯一の存在だから。
posted by zone88 at 01:29| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月20日

消え去る私。

自分が無くなる恐怖。
それは、エゴの自分。
あがきが聞こえる。
あがき?

エゴは、土台だ。
ここまで私を連れて来てくれた。
エゴは消えはしない。
吸収する。
統合する。

不要なものなどない。
排除もない。

ブログを書いている自分が消えて行く。
無意識の自分が。
そんな感覚。

本当の自分。
偉そうな発言は私には反応しない。
本当の自分って、ただの自分でしかない。
新しい自分?
ない。
そんなもの、ない。

演技するな。
知ったかぶりしてもダメさ。
清い存在のふりしてもムダだ。
どこまでも醜い。
直視する。
それが私。
どっちも同じ。
定義なし。

消えてもいい。
消えても、消えたことを見ている、自覚していたら、まだ存在していることになる。
消えろ。

たいしたことじゃない。
posted by zone88 at 02:35| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

泣くがいい。逃げ場などない。

現実とは何だろう?
私が感じているのは現実だろうか。
人それぞれ感じ方が違う。
だから、人それぞれの世界があり皆が主人公。
誰が脇役でもなく、主役も脇役も、全部自分。
だから、自分しかいないことになる。
それは、寂しいね。

でも、一人の感覚もある。
でも、みんなと居る感覚もある。

星は意識を持っているような気がする。
地球は、生命体だと言うひとがいる。
私もそのように感じる。
ついでに、私の周りにあるすべては、みな、意識をもっていて、私と同じだという感覚がある。

人として存在する意味は何だろう?
分離体験?
自分を体験する。
自分を発見する。
知らない自分を体験する。
あらゆる体験をして、その後は何をする?
無限に体験することがある。

分離の極みにまで旅する。
どれだけ遠くまで分離できるか。
分離実験。

感情のギリギリを体験する。
どれだけ感激できるか?
どれだけ無感情でいられるか?
どれだけ非情でいられるか。
これも分離。

すべてが光からできているとしたら、闇はない。

人であることの体験。
これが私が目指していたことか。
何かの存在だったときに描いた夢。

救済物語。
私は好きではない。
誰が誰を救済するのか。
どこまで行っても、二極化だ。

誰もが中心。
私が、消えれば、私の世界はなくなる。
あなたでも同じ。

単なる夢。
でも、甘美すぎる夢。
いつまでも覚めぬ夢。
まどろみの中で見ている夢。
目が覚めても、また夢の中。

究極の目覚めは、夢と同じかもしれない。

私は逃げない。
世界に逃げ場などない。
泣くがいい、思いっきり。
涙が枯れるまで。

逃げた先でさえ、私だとしたら。場がわたしだとしたら、逃げ場はない。

私は光でしかない?
ある意味では。
でも、私はすべてでありたい。
posted by zone88 at 02:16| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月14日

夢の内容が・・・・変!?

今朝の夢は、自転車に乗って目的地まで空を飛んでいたら、用水池に落っこちました。
そして、用水池の周りは家だらけだったので、ある家にたどり着きました。
結構深い用水池だったので、ちょっと恐怖でした。

服はずぶぬれ。
でも、なぜかセーラー服を持っていました。
それに着替えた覚えは・・・・夢の中ではありません。

水の中の夢って結構見ます。
泳いでいるんです。
溺れているわけではありません。

池だったり、プールだったり、海だったり、・・・・。
今回は用水池でした。
それも、空から落っこちて・・・。
訳がわかりません。


昨日は、姪の子供(男の子)を抱っこしていました。
本当は小学生なのに、その子は赤ちゃんに戻っていました。
そして、どこかへ旅行するみたいな感じの夢でした。

おとといも旅立つ夢。
以前勤務していた会社を辞める夢でした。
宗教関係のところだったので、たぶん、まだ私の中では所属していたんでしょう。
そこを辞めました。
退職するって感じでした。


共通しているのは、旅立ちです。
どこかへ行こうとしている。
でも、先がまだはっきりとは見えていません。
それに、空から落っこちたりします。
たぶん、一気に目的地に行こうとして、落とされたんだと思います。
地道にいかなきゃならないみたいです。

少し恐怖感のある夢も見たのですが、忘れました。
久々に恐怖を味わったので、夜中に起きて、電気はつけっぱなしにして再びベッドに入ったのですから。
よっぽど怖かった・・・・・・はずなのに、すっかり内容は忘れています。

それに、最近、朝はすっきりと目が覚めていたのに、
ここ何日かは、すっきりと目が覚めても、体が異様にだるい。
顔が浮腫んでいたり・・・。
夜、夢の中で何が起こっているのか????

覚えていないけれど、相当、大きな、何かに遭遇しているんだろうなと感じます。
でも、内容はわかりません。
ただ、旅立ちなのがわかるだけです。

普通の夢分析とかはあてはまらないかもしれません。
ただ、私の直感を信じるだけです。
その方が私にとってはいいことだから。

思い出しました。
恐怖だったのは、先日の夢。
神殿の夢、白黒争奪戦の夢でした。
話をするカラス登場の前後です。


とりとめのない夢日記でした。
誰の参考にもならないかもしれませんが、私に起こった出来事としての記録です。
後で意味を発見する場合がありますので。
過去の記録も、自分で書いたとは思えない内容が結構多いですから。
じゃあ、誰が書いているんだ?
誰なんだろう。

別の、
Zone88って部屋に居る私です。
たぶん。

おもしろい。
posted by zone88 at 21:24| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月24日

無限で永遠

先ほど本を読んでいたら、今までにない感覚を味わった。

赤と金が少し混じったような、物凄い光の中に居るのだ。
見ているというよりも、その中に居る感じだ。

そして、その本を読んでいる。
半覚醒状態だと感じた。
何故に目を閉じているのにその本を読めるのか?
そう感じていたからだ。
手はしっかりと本を持っていたし。
そして、読む。
たぶんその本のエネルギーを感じているのだろう。

いろんなことに、説に共感してしまう私は、どれも一理あるなと思ったりするし、またその世界にドップリと浸かることも出来る。
まるでファンタジーの世界に入り込むように。
そして、その世界を体験する。

その世界よりももっと魅力的な世界をみつけると、その世界に今度は入り込む。
まあ、長続きする物語は少ないけれど。
抜け出すきっかけは、「限界を感じること」だ。
大体似通った傾向だ。
これ以上進めないとなると、私の中の何かが別を探し出そうとする。

行き着く先は、
無限。
永遠。

限界を感じること自体、おかしいのだと思うから。

私たちは、
無限で永遠な存在だと思うから。
そして、自由だ。
posted by zone88 at 02:21| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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