2014年01月15日

ブログ終了のお知らせ

昨年末からいろいろと変化があり、このブログにも書く内容が無くなってしまいました。
空間が変わったという感じで、Zoneの中で考えたことを書くということの意味が無くなったようです。
潜在意識の記録だったような気がしていますが、私自体が変わってしまったので、
もうZoneで考えることもなくなった感じです。

他のブログで何かを始めるかもしれませんが、このステージは終了しました。

これまでお読みいただいた皆様、ありがとうございました。

posted by zone88 at 17:20| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 潜在意識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月09日

情報公開がされたら・・・。(追記あり)

情報公開、いわゆるディスクロージャーと言われているものがあります。
いろんな情報公開がありますが、この中でも宇宙関連のものは普通に日常会話ではあまり出てきません。
普通に話をしたとしても、ほとんどの人は相手にしない話なのではないかと思います。

私は、こんなに宇宙は広いのだし、未知なことがたくさんあるのだし、
地球外生命体とか、地球以外にも生命体はいない方がおかしいな…と感じています。
自分たちだけの世界が絶対だとか、そんなことはないと思う。

みなみさんのブログでは、そんなことが書かれていました。
以下の内容ですが、私なんかは同感・・・・という感じです。

http://5minami5.blog35.fc2.com/blog-entry-641.html
(転載元:「世にも奇妙なフツーの話」)

長いものに巻かれろという言葉がありますが、
必要な場合もありますが、
ケースバイケースってこともあると思います。

基本は「自分を信じる」「自分の感覚を信じる」「自分が感じたことを信じる」
他人に自己を明け渡さないってことを思っています。
これは、アンドロメダのコンタクティーのアレックス・コリア―さんも言っていますが・・・。
「自己を明け渡さない」
これを改めて聞いたときに、ああそうだなと思いました。
他人の言うことを聞かない、聞く耳を持たないってことではないのです。 
基本的に、人って皆最終的には、自分で決断するんだと思いますが。(他人の意見を受け入れることも自己の決意)

ぶれないっていうのか、センターがしっかりある、中心軸が自分側にあるっていう感じです。
この自分ってものに、「我・エゴ」が入っていないようにしなければ、と心掛けています。

どんなに情報が公開されても、聞く耳を持たない場合、きっと情報自体、その本人に入ってこないんじゃないかなと思いますし。
開かれた心、オープンハート、オープンマインドでありたいないと思います。
概念をはさまないってことで・・・。
常識を疑ってみるとか、純粋な素直な眼で観るってことに置き換えることもできると思います。

いろんな情報も、まずは自分で確かめてみる、検証してみる、触れてみる。
そして、自分がどう思うか、感じるのか。
その感じたことに正直でありたい。

アートなんかはそうなのですが、どんなに人が「これは素晴らしい」と言っても、
自分が素晴らしいと感じていなければ、その感覚を信じる・・・みたいな。

著名な画家であるゴッホの絵は、ゴッホが生きているときには、1点しか売れなかった。
それも数千円程度って話を聞きました。
今は、数億、数十億って値段で取引されています。
何を信じるのか・・・・。

価値観って人によって様々だってことだと思うんです。
だから、自分の感覚を信じる。
そして、ハートの声を信じる、聞くようにする。
それしか、私にはないなと思っています。

ディスクロージャーにしても、どこかの国の(たとえばアメリカ)首相なり、大統領なりが発表したとしても、
やはりそれをどう受け止めるか、聞くかは人それぞれで・・・。
それは、歴史がそうであったし。

まあ、宇宙関連の情報っていうのはインパクトはあると思います。
潜在意識で「ああ、そうだったのか」って大勢の人が思ったのなら、すごい変化だと思いますが。

ニュートラルでいようと思います。
過度な期待もせず、かといって過度な落胆もしない。
そんなことを今日感じました。

センタリング・・・ですか。続きを読む
posted by zone88 at 23:10| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 潜在意識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月02日

波動を上げる。

この動画を見て、なるほどと思ったことは・・・、



私も、グレア博士のディスクロージャの動画は見ましたが、
一部の人の間でしか話題になっていないです・・・よね。

1:43:11くらいからですが、
「宇宙人っているんだったら、何でボーンと出てこないんだよ。野球やっている時にボーンと出てくるとか。・・・
何で出てこないんだ、もったいぶって・・・」という例え話が出てきます。

潜在意識のレベルから本当にいると思っているのか?
そんなこと言う人が思っている訳がないでしょ・・・と。

で、隠ぺい工作があったんだ。
・・・とわかると、潜在意識のレベルで居る・・・と気付く。

いるんだったら、出てきてほしいと思う。

でないと、出てこれない=観えない。
潜在意識のレベルで動いているから、潜在意識でわからないと出て来れない。
しかし、人間は顕在意識のレベルでしから動いていないから、見えない。

観える人と観えない人。

説明として、わかりやすいなと思いました。

単純。



なので、・・・・・・波動上げましょ。
潜在意識レベルに到達しましょ。
目覚めましょ。

心、きれいにしましょ。

って感じで。

心のきれいな人で、「おら、UFO見ただ・・・」って人の話って聞きますが。
もっともな話で。
心がきれいだから。
裏表がない人。

&智慧、知識(体験したこと)もつけましょ。

何が真実なのか。

単純に・・・、幸せになりましょ、みんなで。
今まで、こんなに警告されて・・・、「心をきれいにしましょ」って。

なっていれば、平和になっているでしょうから。
まあ、今はなっていないということでしょうね。

自らですね。
自らがそうなる。


posted by zone88 at 16:32| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 潜在意識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月20日

理解したいとか、○○・・したいと言うと。

○○したい・・・。
これは、○○という状態にないことを自分が認めているか、そうであると知っている状態・・・って感じ?

だから、いつまでも○○に到達することはない。

理解したい。
これも前提に「理解していない」ことがあるから、理解したい・・・となるわけで。
屁理屈?

まあ、大体言葉ですべてが説明できると思っていること自体が、おかしい・・・かもしれません。。
矛盾しているんだと思います。
ただ、そうであるとか、
すでに知っているとか、
当然とか、
確信しているとか、
それしかないんじゃないかなと思います。

何で?と聞かれたら、
「え?だってそうなんだもん」って感じで。

いろんなことを人から聞いても、理解できることと、そうでないこと、
また、理解の幅も人それぞれであり、感じ方はみんな違う。
誰一人として同じってことはない。

だから、人それぞれの真実があるって感じがしっくりきます。

そして、自分が「既にそうである」ことしか現実にならない。
「すでに知っている」ことしか知らない。

だからそうなればいいということなんですが、
じゃあどうやったら・・・・ってことも、ない。
ただ、そうだとあっさりと認めてしまう。
それは、知っていることと知らないことは同じみたいな感覚。
どっちも同じじゃん・・・と。
「受け入れる」
だって、自分なんだから。
外側だと思っていたものを受け入れる。
だから反対側も受け入れる・・・となる。

知る必要のあることはその時に知るし、知る必要のないことは知らない。
それは、自分の中にあるものに共鳴しているから・・・とも言え、
自分が単なる鏡でしかない、
他人は私を映し出している鏡でしかないって感じとも言えるかなと。
「自分の中にあるものしか鏡は映し出さない」
=共鳴しない。


自分の中には何があるのか?
たぶん、常識にとらわれていたら、常識にとらわれている人に出会うのだろうし・・・。
では、その時は?
鏡の裏もあることを知ること。
それは、
「常識から抜け出ていない」自分と、
「常識から抜け出ている」自分があるのだと観えたら、その時点でニュートラルになるような気がします。
どっちも間違っていないし、正しくもないし、またおかしいわけじゃない。
理屈が成り立たない。
だって、どっちも同じなんだから。
同じというよりも、
どっちももっている。
裏表は一緒。
裏だけ観ていれば表は観えないから。

表裏一体で存在できる。

そんなことが観えてくると、
いちいち相手に対して感じていたことが、たんなる自分の内側を観ていただけだと気付く。
そうすると、反対側にも何かがあると観えてくるから、
それで終わり。
何にも問題はない・・・と。

内側で解決されたから、もうどちらかに傾くことはない。
いうなれば、空にそのエネルギーは戻ってしまった。
対消滅してしまって、ニュートラルなエネルギーに戻った・・・と。

そのニュートラルなエネルギーの中で、新たに自分が好きなエネルギー(調和した塊)を創り出す。
そして、バランスをとる。
調和って美しいものだなと感じるのは、
ただの中庸ではないからなんだと思います。
中道とか中庸とかではなくて、
両面を持っている。
その美しさ。

ドストエフスキーの言葉だったと思うけれど、
「真の人間は善も悪も持っている」みたいな話があったと思うのですが、
そこを超えたところに「美しさ」を見出していたと思うんですね。

まあ・・・・、脱線しましたが、
「既にそうである」状態、
「既に知っている」状態では、
問=答なんだと思います。

何が起こってもOKだと。
それには、すべてを観ることが必要なんだと思います。
光には闇を。
幸せには不幸を。
善には悪を。
ただ観る。
一緒にあわさってひとつなんだって。

そうなると、自分って動いていない感じがしてきます。
そして、肉体に埋没していない。
自己に傾いていない。
相手と自己で一体。

それを観ている肉体を超えた存在が「本来の私」かも・・・と感じています。
それはどの位置にいるのか・・・。
それは空間?かもしれない。
空間って、相手と自分の間にある。
物と自分の間にある。
相対の中にある。
でもそれを超えて、ニュートラルになると相似になる。
一体とも言えるかも。


たぶん・・・・・理屈としては脱線しています。

女性的・・・かもしれません。
「だって、そうなんだもん」って。
「だって、そう感じるんだもん」って。

分割して観ていない。
塊で観ている。
分離ではなくて、すべてを繋げて観ている。

そんな感じで、「既に知っている」のであれば、周りもだんだんそういう状態として現れてくる気がします。
ただ、自分がそうだと認める、そうだと気付く。
そうだと・・・・、観えてくる・・・って感じが近い感覚かも。

私って球体って感じで。
すべてを包んでいる球体。
外と内が逆転して、外=内になる。

なんだ・・・・、観えて(感じる)いたものは、すべて自分の内側だったんだと気付く。
そして感じていたことは表面だけだったから、その裏側も観る。
立体として観る。
そうすると、二元性は崩壊する。
だって塊で、一体化しているから。
違いって、ただ違うだけで比較できない。

自然にいろんな色があって美しいように、それぞれが調和している。
美しい。
美しいってやはりすごいことだなって思いました。

「美しいと感じるあなたの心が美しい」という誰かの言葉がありましたが、
そうだなと思います。
posted by zone88 at 00:34| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 潜在意識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月28日

思考を止めるよりも別に意識を向ける

私が潜在意識関係のことを調べ始めて、いろいろやりだしたときに、
思考が現実化していることを知りました。
※成功哲学の本などにはよく書いてあることです。

それから、思考を止める、いわゆる「観照」ということをやりはじめました。
思考を見ている思考者になる。(ややっこしい)
それから、自分の意識を観照する、
分析をやめる、
思考を止める、

息を止める・・・・・と死にます。(笑)

呼吸法なんかもやったりして、
とにかく、いろいろ試しました。

で・・・、思考は止まんないわけです、どうしても。
だって、思考者なんだから。(笑)
脳がある限り、思考しているわけです。

止めたら・・・・、脳死????

ここで言う思考を止めるというのは、「よくない思考を止める」ということだと思います。
それから、「あれこれと思い悩む」とか、「心配する」とか、「未来を予測して恐怖を感じる」とか、
「死ぬかもしれない」とか、・・・いつかは死にますが。

これって矛盾していて、それを止めようとすると、余計にそうなる。
それに意識が行ってしまう。
たぶん、一番いい線行っているのが、「観照する」だと思います。

もっと簡単なのは、
たぶん、
意識する先を変える・・・だと思います。
夢中で何かをやっているときって、考えていないなって思います。
時間も飛ぶように過ぎていく。

だからといって、好きなことばーっかりやっていてもいいのか?という考えが浮かんできます。
そんなことしていいのか?
ちゃんと仕事しなよ・・・とか。
夢中で仕事していれば、その方がいいと思うのですが・・。

また、好きなこと=自分勝手だと、途中で「いいのか怠けていて?」とかの考えが浮かんできます。

だから、たぶん、
良心に従うってのが一番いいのだと思います。
心に従う。
誠実であること。
嘘をつかないこと。
親切で思いやりがあること。
明るく、楽しくあること。
こんなことだと・・・、結構単純なことなのだと気付きます。
それも、自分だけじゃなく、周りもそうなるように、いろんなことを考えます。
そして、行動する。

この場合、思考を止めるだの、なんだのかんだのという瞑想よりも
よっぽど簡単に「余計な思考をしない」ことが出来ている感じがします。
心をこめて何かをする・・・とか。
相手のことを思って何かをするとか。

そうすると、脳とか細胞とか、身体の機能は、心に従うと思うんです。
そうすると、身体が喜びを感じて、それに自然に従ってくれる。
身体は何も悪くなくて、ただ私たちの心が、意識がフォーカスしているものを現実にしようと頑張ってくれる。

脳とか思考が私の主体ではなくて、「心」が私の主体。
主=心、従=脳、思考、身体etc。

「鏡の原理」なのかもしれません。
「思考したものが現実になる」
「意識したものが現実になる」
ここで言う現実とは、目に見えるかたちとなったものということですが。
人間関係も含めて。

嫌なものを止めよう、除こうとするよりも、
良いことに意識を向ける、良い思考をすることで余計なものが少なくなって、
最後には消えていくような気がします。
(善悪の観念も思考で決めているかもしれませんが、ややっこしいので置いといて)
ざっくりと言ってしまうと、無条件の愛ってことになると思いますが。

潜在意識にずーっと溜まっているっていうのは、「時間の蓄積」が前提にあるわけで、
もしかしたら一瞬一瞬で再現しているかもしれないと思うわけです。
それだけ人間ってすごいんじゃないかと・・・。(予測ですが)

ここで、私が嫌だなと感じるのは、
思考が現実化するなら、「何でも自分の好きなように自由にできる」っていうような、
自己中な考え方なんです。
何か・・・、好きだとは思えないんです。
だから、それは・・、要らないなって思います。

自分も周りも自由で、活き活きとして、互いに助け合いながら、絆を築いて生きているっていうのがいいなと。
手をつないでいるような感じ。(おこちゃまみたいですが)

でも、制度ではない。
いろいろ、なんとか主義とかを試してきたと思うんです。
でも、その中に居る人間が変わっていなければ、どれもうまくいかないかなと思う。
人の意識が向上すれば、主義は・・・、いらなくなるのではないか。
そんな感じもします。

でも、誰かがズルするかもしれないから、私もズルをする・・・なんてことだと、
いつまでたっても、奪い合いの世界が続く。

こんな考えもいつまでもしていると、頭の中が思考でぐるぐるになっていく。

なので、良い方向にフォーカスをする。
反対を叫ぶのではなく、明るい未来を創造する方にフォーカスする。
一瞬一瞬。

瞑想って、座ってするだけではないと思います。
修業も、山に入って滝に打たれてってこともありますが、娑婆で生きるってこともすごい修業だと思うし。

概念を変えて、いろいろ試して、
自分の意識を向上させていくしかないなと感じています。
posted by zone88 at 00:15| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 潜在意識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月16日

「あ、は」的生活

ひらめきや直感がきたとき、私の場合は、「あっ」とか、「あ、は」とか、そんな言葉が出てくる。
出てくる・・・と表現するのがぴったりだ。
それから、夢で見た内容ですが、
記録するか、声に出して話をしておかないと、記憶があいまいになります。
夢は本当に顕著です。

ひらめき(ピカリンとくるもの)も夢と似た感じで、記録とか言葉にするとか、
何かかたちにしておかないと、そのまま忘れてしまうか、記憶からは消えてしまう。

アイディアなんかもそうですね。
「こんなバカみたいなこと・・・」なんて思わないで、とりあえずメモを取るとか、
他人に話してみるとかすると、結構記憶に残るものだ。
バカみたいだと思ったら、ジョークみたいな感じで友人になにげなく話してみると案外面白い答えが返ってくる。

アイディアとか夢は、小さなことであれば、また自分のことであれば、実現しやすい。
でも、少しだけ大きなことになると、自分のことでも難しいなと感じたりする。
その場合は、無理かも・・・ってことになる。
その線引きっていったい誰がしているんでしょうね。
自分なんですが、
どこの自分なんでしょう?
経験?
本当?
誰かが「そんなの無理だよ」と言ったから?

まあ、いろいろありますが、
「あ、は」と思ったことを現実にするには、
小さなことから、できることからまずはやってみるってのが私流です。
何でもいいので、まずはやってみて、それからまた考える。

よく言われているのが、「目指すものがあったら、まずそのものになってみる」とか、
「イメージしてみる」とか言いますが、
手っ取り早く・・・・ってことでは、
例えば、「この大学に入りたい」とかいう場合は、
よく言われているのは、その大学にまずは行って(見学とか、外観を見るとか)、
自分がその大学の建物をはっきりとイメージできるようにしてみる。
次に、その雰囲気を味わってみる。
次に、その場所に通っているようにイメージできるか試してみる。
次に、そこではどんなことが行われているのか調べてみる。
次に、そこに通っている人と仲良くなって、情報を交換してみる。
もちろん、知識を蓄えるのも当然だし、準備は怠らない。

そうなると、だんだん「その大学に入るのが、入っているのが当然」だと思えてくるかもしれない。
「当たり前じゃん」とか。

そんな一連の流れに物事って似ているような気がします。
それもこれも、「あ、そういえば」とか、「あ、は」とか、そんなことから始まっていることって多い。
それを形にするためには、なんと言えばいいのか、
凝縮とか、濃くするとか、固めるとか、
そんな感じに近いのではなかろうか。

よく言いますよね。
「アイディアを固める」って。 →言いえて妙だ!
粘土をこねるようにアイディアを練って、固めて、形にする。
強度をもたせる工夫をする・・・とか。

「あ、は」と思ったことが消えてしまわないように、
固めて、かたちにしてみよう。

例えば、メモ、
録音、
企画立案、
企画書提出、
タイムスケジュール、
・・・・・、

なんか、勉強か仕事みたいになってきました・・・。(笑)

でも、これが自分がいちばん好きなことだったら、
例えば旅行のスケジュールを組むとか。
温泉旅行の計画を立てて、実現させるとか。

たぶん、そんなことと同じような気がします。
優劣も、大小もあまりないような気がします。

どんだけ喜んでいるかで、疲れ度は違いますよね。
温泉旅行で疲労しているんだったら、・・・・・・・・意味ないし。

「あ、は」的生活ってやはり楽しいんだと思います。
だって、楽しくなきゃ、続かないですから。

posted by zone88 at 20:26| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 潜在意識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月05日

この世界を続けたい場合と輪廻転生

潜在意識を探究していた時に、疑問がありました。
この世界には私一人しかいないんだから、私が消えたらすべてなくなる・・・というもの。

究極ではすべてがつながっていると考えれば、ひとつの生命体なんだという考えもできます。
しかし、この世界を何度も続けて、
「ああでもない」「こうでもない」を続けたいかってことなんです。

私は・・・、この奪い合いとか所有とか、そんな世界はまっぴらだって思いますね。
確かに進化は早いかもしれませんが。
進化って一体なんだって思うわけです。
奪い合いとか殺戮とか、所有とか、怒りとか、欺瞞とか、そんなものをこれ以上続けたいかって??
疑問に思います。
もうこれ以上、要らないって思う。私は。
才能も開花できないまま、既成概念にしばられて何度も人生を繰り返して、
のんべんだらりんと輪廻転生を繰り返すよりも、
体験するんだったら、最短で一回で終わらせたいですね。
※すごい波乱万丈になりそうですが。

でも、そんな決まりも何もないわけで、
ぼろぼろになってまで居続ける必要ないんじゃなのかなあ。
かえって卑屈になってしまいそうですね。
ひねくれ者に。

そう思う人と、またこの世界を味わいたいって思う人って分かれるのではないでしょうか。
輪廻転生も自分で決めれると思うんですね。
ゲーム終了みたいに。
もうゲームに飽き飽きしているのに、それを続けるって・・・・、私はごめんですね。
次のステージに行きたい。
アップグレードしたい。

そんなことで、輪廻転生を決めているのは、他ならに自分だと思うんです。
それも、潜在意識とか、本体の自分が。
決してエゴの、自我の自分ではない。
たぶんエゴの自分は、「死にたくない」って叫んでいるから、輪廻転生しても生き延びたいと思うでしょうが。
「死」を怖がっているのはエゴなんだと思います。
これは私の感覚ですが。

潜在意識、超意識に到達して、それを聞いてみたら判明するかもしれませんね。
え?どうやって潜在意識に到達するって?
それは、・・・・・いろいろ方法があるのでしょうから、自分に合った方法でつながるしかないかもしれません。
それも潜在意識に聞いてみると早いかもしれません。

潜在意識に、
「ねえ、潜在意識に繋がるのはどうしたらいいの?」って。(笑)

これは、内なる意識なので、内なる神とスピ系で言われているものと同じだと思います。
なので、自分がその方法を知っている・・のかもしれません。
インスピレーションとか、シンクロとか、
潜在意識に聴くと、なにかそういう形でどこかに導かれると思います。
情報とか、本とか、セッションとか。

潜在意識系だと、ドロレス・キャノンさんの本がすごいなあと私は思いました。
でも、あくまでも私がすごいなあと思っただけですから、万人が凄いなあと感じるわけではないと思います。

そうそう、ハートにセンタリングするといいみたです。
だって、心で感じるんだし。
インスピレーションはハート経由の脳って感じかもしれません。
脳はレシーバー、潜在意識は超意識との中間って感じで。
潜在意識は深ーい海みたいなイメージです。
顕在意識は表層意識と呼ばれるように、あくまでも5%くらいの表層でしかない。(大洋にぽかっり浮かんでいる小島みたいな) o(´▽`*)/♪
posted by zone88 at 22:59| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 潜在意識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月04日

自分で経験し、真に納得して、確信したものになる。

このブログは私が経験したものしか書いていませんが・・・。
だって、・・・知識なんてちょっとしかないから。
智慧って、自分が経験したものだけだと思うし。

いろいろ本を読んだり、ネットで情報を得たりしているのは、
知識を吸収するためというよりも、経験に役立てたいため、自分に納得させたいため、
そしてその体験をして、「やっぱりそうだ」と確信するために活用するためだ。

だって、確信したことしか現実にはならないから。

現実ってなんだろう?
ここに私の肉体があること?
本当?
それも疑わしくない?
だって、多次元的な存在だとしたら、ここってことが、意味が揺らがない?

モチベーションという言葉があります。
これは外部から自分が影響を受けて、やる気が出るってことかと思います。

では、やる気って?
これは自分の内側から沸々と出てきます。
「内なる自己から」です。
だから、いつもまでも外にモチベーションをもたせるもの・人を待っていてはいけない。

ある程度モチベーションでランニングできたら、自分の意志で走る!
走るって、やる気を出すってことだ。
努力も少しは必要だけど、でも、走り出すと気持ち良くなって、だんだんハイになってきて、
どんどん走り出したくなる。(この走り出したくなる、自然に走り出すってことがポイント!)
走りたい→意識する→周りでうまく走っている人を見る→トラックに出る→ストレッチする→軽くランニング→
そして・・・・、走り出す→楽しい・・・・・・・、休む→走る→楽しい。
この繰り返しになる。

モチベーション・・・・これは外から自分に向かってくるもの
やる気・・・・・これは、内から外へ放射するもの

大きな違いだ!!!!

仕事でも同じだと思うんです。
いつもでも指示待ち、上司から叱咤激励されてモチベーションを上げる。
上司もその上からおしりを叩かれる。(笑)
この上の上が、陰謀系の監視人だとしたら・・・・、どうします?

だ・か・ら、

ある程度モチベーションが上がってきたら、
自分に戻る。
自分の内側で感じてみる。
「私って、何がしたいんだろう?好きなことは何?」って。
好きなことって「やる気」が出てきます。
病気の時でさえ、自分の好きなことをしているときはワクワクしてきて、身体が動き出す。
何でもいい。
初めは小さなことから。
窓を開けて空気をいれて背伸びをすることだっていい。
少しずつ、少しずつ、・・・・・そのうち大きく拡大してくるから、きっと、きっと・・・です。
それは、自分の内側から起ってくることだから。
自分は拡大したいと思っている。
どこまでも大きく、広く、空に届くまで羽ばたきたいって思っている。
「羽が逢ったらあなたのところに飛んでいけるのに・・・」なーんて恋愛の時みたいに。(笑)

人って不思議だなと思うのは、いざというときは必ず助け合う、護り合う、奉仕しだす、
人の為に何かしたい、優しくしたいって思っていることなんです。
Facebookのように「人と人との絆』を求めている。
繋がりたいって思っているってことなんです。
だから、好きなことが大きくなってくると「絆を深めたい」「信頼を築きたい」って思うと思うんですね、私は。
これって全部自分がそうされたいことかもしれません。
幸せってこともそうだと思います。


では、自分の中を観てみよう。
ゴミたまってない?
私はたくさんたまっていました。
今もあるけれど。
でもお掃除しないとお部屋もかび臭くなったり、ほこりがたまったり、乱雑になったりしますよね。
だから、自分の心の中も、自分の身体も、おんなじようにお掃除してあげる。
岩塩入りのお風呂でリラックスでもいいし、お洗濯するものいいし、皆で楽しんで美味しい食事タイムをしたり、
大好きな音楽を聴いて細胞にまで音波を響かせてあげたり、
たまに音楽聴いてダンスしたり。(笑)
ドライブしたり、デートしたり。
お気に入りの場所に散歩に出かけたり。
身体が喜ぶことをしてあげる。
時々歩いていて足が筋肉痛になったら、「足が痛がっている・・・」みたいに、いたわってあげる。
よしよし。

自分のイメージって?
身体のイメージって?

心が曇っている?
心が晴れない?
身体が痛い?
頭が混乱している?
ん?お顔が汚い?
太ってる?
ギスギス?
脂ぎってる?
心配ごとがある?
ワクワクしている?
気分がいい?

いろいありますが、(笑)まずはお部屋をお掃除するように、
シャワーを浴びよう。
身体がスッキリきれいになったら、
心を覗いてみよう。
晴れ晴れしなかったら、晴れ晴れすることをしよう。
楽しい映画を観る?
コメディーなんかいいかもね。
ん?
次に、外に出て、猫ちゃんみたいに背伸びして、ひまわりのように太陽をたくさん浴びて、カビカビを絶滅させよう。
骨がボキボキ言うかも。
骨が言う?・・・・・なんて面白い言葉。

簡単なのは、透明人間みたいに透き通るイメージをすること。
Invisible.
クリスタルみたいに透明になった気分になること。
Crystal.
イメージしていると、なんか身体の細胞の中を風が通り抜けるようにスッキリしてくるよ。
スッキリ!
これが合言葉!(誰とのだよ!)
それは、自分の内側の自分と、この私の。
本当は一体化してひとりの自分なんだけど、便宜上わけることにします。
電池とロボットの身体って感じも同じイメージかも。

透明な身体を観てみると、
そこには真っ赤なハートがドキドキしている。
心臓が動かなくなると、死んじゃうよね。(笑)
だから、ハートが大事。
ハートって、ハートマークに象徴されるようにLove Love。
愛、思いやり、優しさ、清らかさ、・・・・・いろいろ人によってイメージがあるかも。
でも共通しているのは、真っ赤なハートってこと。
ハートマークは全世界共通。黒ハート黒ハート黒ハート

誰が一番信頼できる?
お父さん?お母さん?
恋人?
友達?
恩師?

全部他人だよね。
何かを最終的に決めるのは、たとえアドバイスされても、最終的に決定するのは・・・自分。
疑っていても、納得していても、確信していてもいなくても、
決めるのは、「自分」
だって、自分の身体を動かすのは、私で、
意志は誰のものでもないし、私の意志は誰も操作できないから。
操作されていても、騙されていても、最終的に「意志・決定・許可」するのは私だから。
「外を歩いてもいいよ」とか、「デートしよう」とか、「朝起きるのが大変だけど頑張って仕事に行こう(笑)」とか。

だから、自分を透明にして、クリアにして、
疑わしいこと、嘘、気分がわるいこと、そんなものが身体の中をすり抜けていくくらいに透明にする。
クリスタルって光だけを通す。
そしていろんな色に変化したり、いろんな色の「光」を発する。
クリスタルから煤がでてきたり、黒い煙が出てきたり、変なものが出てきたりしないよね。
観たことがあるでしょうか?
私は、・・・・ありません。(笑)
夜、光がないところでは、クリスタルは透明なまま、ただそこにある。
朝になって太陽の光が当たると、輝きだす。

だから、
クリスタルのような身体をイメージしよう。

そうすると、
自分の中をクリーニングしたり、
ありがとうを連発したり、
潜在意識をいろいろいじくったりしなくても、
すっきりする。
いろいろはいってきてもへっちゃら!
だって、透明なんだし、愛と光にしか反応しないからクリスタルは。
それに、中心にはあなたの真っ赤なハートがあるんだから。
それが、すべてを溶かしてくれる。
暖かい太陽の光が、清々しい風が、輝く光の粒子があなたを満たしてくれるから。

気持ちいいよね。

それって、自動的に「やる気スイッチ」が入っている状態かもね。
だって、クリスタルの身体の中心の真っ赤なハートから光が燦々と外に放射しているから。
愛あふれる人になっているはず。

そうすると、それって人は無意識に感じているから、
感染します。
連鎖反応します。

ためしに、隣にいる人に笑いかけてみよう。
余程機嫌が悪くない限り、笑い返してくれるよね。
笑うとなんだか嬉しくなる。
心にポッて炎が灯った感じになる。
あったかい。
これって、感染、連鎖、・・・・鏡の現象。
時間に縛られない次元に行くと、それは「即!」です。

何も現実化させるために時間の緩衝帯なんかを考慮しなくてもいい。
疑いとか恐れって、あなたのハートの光と愛で、
ぜーーーーんぶ、、溶けだすから。
ぜーーーーんぶ、クリスタルの身体をすり抜けるから。
安心ですね。

だから、幻想を現実に・・・・なんて、難しいことを「頭で考えなくても」いい。

気が付いたらハートの中心、心に気持ちが移っていて、
いろいろ考えたり、分析したりするのは、「後から」って気付くはず。

心・ハートが先。
それを分析したり、考えたり、言葉にするのが「頭」
右脳が先で、左脳は後。
そして、ハートがどんどん大きくなってくると、間脳が活性化してくる。
松果体ですね。
でも、これもハートから開いていかないと「やーだよ。開かないよ」って松果体が言う。(笑)

ハートが中心に(これがセンタリング)なってくると、チャクラ開発なんてこともできてくる。
ひとつひとつのチャクラに着目して、外の講師にいくら開いてもらっても、
すぐに閉じちゃう。
だって、あなたのチャクラだから。
回転させるのは自分のハートのエネルギー、動力。
外の人がコマのようにチャクラを回してくれても、エネルギーが切れると、動力がなくなって、
傾いて、最後には止まってしまいます。
死んじゃう?(笑)
まさか・・・。
自分のハートと愛と心の中心の「意志」、「意識」からでなきゃ開かないから。
チャクラは、「やーーーだよ」って返してくる。
自分の身体の声じーっと聞き耳を立ててみて。(ちょっとあやしいかも)
誰も見ていないから。

これって、経験ですよね。
すべて。
そして、いろいろな本を次に読んでみて、
そして、納得して、
そして、確信する。
そして、自然に行動となって、
そして、現実となる。

むずかしく考えないで。
そう、「考えない」で、「感じて」みて。
恋人同士のように、以心伝心みたいに。
ハートでドキドキって。
あなたのハートで。
あなたの心で。

そして、あなたのハートと心から、相手のハートと心に話しかけてみよう。
ちょっと勇気がいる?
そんなことない。
子供はみんなしている。
子供の頃を思い出して、熱いハートからお話して、羽が着いたように飛び回って、遊んでみよう。
無邪気に純真に。
それが心からの行為となる。
思いやりとなり、優しさになる。
だんだん子供のような心を持った大人になる。

知ったかぶったり、大きくみせたり、背伸びしたり、嘘を並べたり・・・、そんなことしなくていい。
あなたはあなたなのだから。
誠実に心をオープンにするようになってくるよ。
そう、透明なあなたで、
そう、真っ赤なハートさえ持っていたら。
そんなあなたを皆が好きになる。
あなたも皆を好きになる。

クリスタルを大きくしていこう。
ハートを大きくしていこう。
それは、あなたの「意志」で。
あなたの「内なる自分」と一緒に。

唯一信頼できるのは、「あなたのハートとあなたの心、あなたの内なる自分、あなたの愛」。
金太郎飴なんかない。
部品(頭がひとつ、目がふたつ、鼻の孔はふたつ・・とか)は金太郎飴かもしれないけれど、顔や人格・性格はみんな違う。
似ている人はいても、世界中探しても、あなたはあなたでしかいない。
だから、自信をもって、自分を信頼しよう。

やった!
私もあなたも唯一だ!
ユニークな存在なのだ!

この文章を読んで嬉しくなったら、私も嬉しいです。
これも連鎖反応。
やったあ!手(チョキ)
posted by zone88 at 12:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 潜在意識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月19日

精神と物質 -Dr.ディマティーニ

『宇宙の偉大なるふたつの力』について
ディマティーニ博士の講演会より

お金を大切にしない人はお金の為に働き、
お金を大切にする人は貯蓄し、お金を働かせる。
一方はお金の奴隷。
他方はお金の主人。




納得する話として、ディマティーニ博士のお話があります。
スピリチュアルな人は物質的なこと、地についていない(グラウンディング)と言われることがあります。
片方、物質的なことのみに偏っている場合は、スピリチュアルに理解がない。
大体このふたつに分かれるのではないでしょうか。
精神と物質、どちらかに傾いている。
もしくは、どちらかを軽視している。

精神的なこと、物質的なことは軽視するのではなく、同価値、統合するものとして見る。
分離していては、バランスされていない。
だから、パワーをもたない。
そんなことを気づかせてくれる動画です。

いくらスピリチュアルな話をしたとしても、実生活が破たんしていたら誰が話を聴くでしょうか。
それは自己管理能力から始まり、社会的な責任とか、経験のことですが、
自分が得意とする分野で、自分の価値基準において成功している人といえるのかもしれません。
スピリチュアルに重をおいているものには、物質的な経験とか智慧が弱い、少ない傾向があるように感じます。
この分野が強化されなければならないと思います。

では、自分が最も価値をおいていることを見つけるのにはどうしたらいいのか。
何が自分の使命(ミッション)なのか。
それを探し出す方向は「内なる智慧(ノウイング)」ということになります。
エゴではなくて、大いなる意識に繋がっている状態。
これはスピリチュアルでいわれていることです。

それと、物質ですが、それは自分がもっとも価値をおいたことを設定してそれを通して奉仕したときに、
自動的にやってくるもの。
自己啓発セミナーで何度も言われていることです。
しかし、自分が一体何に価値をおいているのか?
それを見つけだす方向はハートで感じることなんです。
「感動」と言えるかもしれません。
そして自分が何に感動したのか、映画を見て本を読んで、その他、何に興味を抱いて感動したか。
どのような人物に共感をおぼるのか。
それらを描きだして、共通点を見つける。
それらが語られているのが、下記の動画です。





日本では、「愛」とか「ハート」という言葉がなじみ深いものではありません。
どちらかというと「思いやり」とか、「和」とか「心」とかの言葉がしっくりくるのかもしれません。
まあ表現が違うかもしれませんが、同じことだと思うのです。
「感謝」とか。

ハートから愛をこめて話す・・・というよりも、心を開いて相手の立場にたって、お互いの価値観を尊重して、互いが心をこめて話す・・といった感じがしっくりくると思います。
それから「感謝」と「感動」

お金の管理の方法については、確か「不滅の口座」を設けるということが言われていたと思います。
(以前、本で読んだと思います)
どんなことがあっても手を付けない「不滅の口座」。
これはすごいなと感動した記憶があります。

とにかくディマティーニ博士の言葉にはパワーがあります。
自分が描いたビジョンに向かってまっしぐらに進んできた人だと思います。
スピリチュアルだけでなく、物質的でもなく、「精神と物質」両方のバランスがとれている人、
「精神と物質」は同価値であると観る人、精神と物質を統合できる人、そしてそう生きている人がこれからたくさん出てくるのだと思います。
誰もが「ありのままの自分」で活き活きと生きていける時代、人と人がWin-Winの関係。
今はWin-Loseの関係が多いですから。

私もこの瞬間からディマティーニ博士の言ったことを実行しようと思います。

誰もが納得する内容なのではないでしょうか。
スピリチュアルで言えば、グラウディング(物質的)というのは経験と智慧だと思います。
それが土台にないと、いくらスピリチュアル的に進んでいったとしても「頭打ち」になり、
「頭でっかち」で理論だけ、いわゆる空想家になってしまいます。
地に足のついている人になるには、しっかりと物質的なことに向かわなければならないと思います。

「物質的なことは後からついてくる」というのを言い訳にする訳にはいきません。
だって、精神と物質はもともと同じエネルギーだと思うからです。



こんなこと、耳にタコができるほど聞いている・・・・と思うかもしれませんが、
実際に自分がどうなっているかと振り返ってみると、出来ていないかもしれません。。
どんな人でも天才だというディマティーニ博士の言葉は本当だと思います。
潜在意識に繋がればということも言われていますが、私は潜在意識や無意識を超えて、
「超意識」に繋がっている状態をディマティーニ博士は言っているのだと思います。
博士は「大いなる意志」とかと表現していますが。
そして、それを覆っている七つのこと(主に恐怖とか)をなくすことの大切さも述べています。

他の動画もありますので、興味のある方はご覧ください。
posted by zone88 at 21:26| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 潜在意識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月24日

目的地、ガイドブック、マップ・・・でも、動いていない。

本やネットで色々な情報を見ているけれど、
ただ見ているだけのことが多いかもしません。
それは、目的地がはっきりしないから・・・という理由があるかもしれません。

旅行に行きたいのだけれど、目的地が定まらず、いろんな旅行先のガイドマップばかり見て、
一向に動こうとしない。

日常の現実では、いろいろなことを体験するけれども、それが何に関連していることなのかが見えない。
先が見えないから、不安になって、何かあるといけないからといろいろ溜め込んで、また動けなくなる。

一番の理由は「目的地」がはっきりしていないからかもしれない。
どこに行こうとしているのか。

目的地を「自分が理想とする世界」としてみる。
それは、どんな世界?
大体は似通っている。
平和で豊かで、歓喜の世界・・・みたいな。
では、具体的には?

それは、動いてみないと観えてこない。
だって、旅行のパンフレット収集ばかりしていて、旅行会社に問い合わせることもしていないから、
イメージが浮かんでこないのだから。
だって、一度も行ったことがない場所だし。

これが、「頭で考えていて、動けていない状態」エネルギーの停滞状態に似ているように思う。

仕事でも同じかもしれないし、日常でも同じかもしれない。

まず、自分が理想としている世界が少しでも浮かんでイメージできていたら、
まずはそれを忘れずに、動いてみる。
そうすると、エネルギーが動きだす。
そうすると、そのエネルギーに乗ることができるから、目的地に一歩近づいたことになる。

シンクロが多くなってくるのは、その「メッセージ」だ。

動けないもうひとつに理由に、「恐怖」があげられる。
でも、旅行に行くのに、旅に出るのに、「あれが起ったらどうしよう」なんて不安なことばかり考えていたら、
一向に旅行には行けない。

大それた、世界一周旅行でなくても、初めは近場の温泉でのいいのだ。
まず、旅行に慣れる。
そして、行き先を増やす。

旅行に行く前に、「不安」を感じないためにはどうしたら良いか。
旅行の経験とか、体験、いわゆる「智慧」が身についていれば、何かがあったって、動じない。
対処できる。
それが「知識」だ。

情報は知識だ。
だから、その知識や人の経験談とか、そのようなものを自分で体験してみたら、「不安」はなくなる。
だから、小さなことから始めてみる。

まあ、どんなことも同じだと思いますが。
こんなこと、誰でも知っていることだし。
勉強するにしても、いきなり専門書を読むことはできないし、第一興味もわかない。
面白くない。
でも入門書だったら、面白い。
だから、入門書から入って、自分で実際に経験してみて、それから知的体力もついてくるから、
専門書も楽しく読めて、興味もわき、体験となり、生きた「智慧」となる。
理想に一歩近づいたことになる。


無謀に、無理矢理に、行動するのでもなく、
でもいつまでも旅行のパンフレットばかりを眺めるのもなく、
まずはある程度知識を得たら、行動してみよう。
動いてみよう。

そうしたら、エネルギーに乗れる。
旅行というレールに乗る感じだ。
そうしたら、もっと新しい景色が見えてくる。
もっと楽しくなる。
途中で、不安になったら、それを経験して克服した人の知識を入手して、不安を解消しよう。
そして、また旅行のエネルギー列車に、エネルギー飛行機に乗る。

そうしたら、目的地にたどり着く。
途中で進路変更になるかもしれないけれど、それもまた楽しい。
行ってから考えればいい。

旅行先は向こうにある。
自分が動かなければ、たどり着かない。

最後に目的地にたどり着いたときには、もしかして、「あれ?ここは私が居た場所だったではないか」なんてこともあるかもしれないあ。
それは、幸福の青い鳥。
幸福を目的地にしていれば・・・だけれど。

いろいろ、目的地はある。

いつまでもガイドブックばかり見ていないで、旅行に出かけよう!
ガイドブック、そのうち古くなるよ!
地図も古くなるよ!

それは、「今ここ」と呼ばれていること。
「今」「一瞬一瞬」、ガイドブックもマップも変化している。
だから、最新のものを手に入れて、旅に出かけよう!

列車に乗ったら、飛行機に乗ったら、あとは、目的地まで連れて行ってくれる。
それが、目的地のエネルギーだ。

もしかして、その列車や飛行機は自分で創ったのかもしれない・・・・って気付くかも。
もしかして、その列車や飛行機は私自身だったかもって気付くかも。
そのエネルギーと一体化していれば、そう感じられる。
でも、列車や飛行機は、「私」が意識しなければ現れない。
だから、そのエネルギーの元になろう。

イメージして、ありありと感じること。
潜在意識開発なんかで言われていることの構造に似ているかもしれないです。

先に自分が笑う。そうしたら鏡の自分は笑い返してくる。
宇宙という鏡はそれを倍増以上にして返してくれる。
共鳴、共振してどんどん拡大する。
(もちろん、マイナスエネルギーも・・・。それが地殻変動とかだったら・・・大変!)
だって、鏡は無数に無限にあるから。
喜びの世界に行きたい、生きたいなら、自分が喜びの元になろう!

創造エネルギーの発信元になろう!
だって、私たちは創造する者だから。
posted by zone88 at 01:21| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 潜在意識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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