2013年06月19日

自分が変わると周りが変わる

自分が変わると周りが変わるという言葉はよく聞きます。
これって、どういうことなんだろうって思いますよね。
でも、文字通りなんだと思います。

例えば、嫌だなあという人が周りにいる場合、
いくら頑張って周りを変えようとしてもダメだったんです。
挙句の果てには、自分まで嫌な存在に成り下がってしまう。(笑)
実は嫌な存在の原因は自分だったんだって気付く。
ゲゲ。

そうして、頑張ってまた今度は自分を変えようします。
でも、どうしても変わらない。
変えよう変えようとして、自分のことばっかり考えているからますます変わらない。
そして、嫌な自分ばかりが見えてきて、
またまた嫌な自分に逆戻り・・・。(泣)

※今は自分が発した思いを責任もって受け入れていたんだとわかりました。

そして、さんざんそんな嫌な面を見せられて、
もう嫌だ、もうどうでもいいってことになっても・・・・、
まだ変わらない。
もうーーー、何で変わらないんだよーと叫ぶ。
でも、変わらない。(笑)

そして、あきらめます。
でも、そこに狙いがあったりして。(笑)
「あきらめたときに願いはかなう」とか、言葉ばかり追いかけて。
だから、希望通りにはならない。
だって、狙いがあったりするから。
バカだなと思う。
本当に私はバカだ・・・と思う。
まあ、文字通りバカなんだと思います。

でも、そんなことをまったく気にしていないとき、
どちらかというと、自分のことを考えていないとき、
周りのことを考えているとき、
そして、ハートとか心を大切にして、皆に接してみようと思ったとき、
そんなときは嫌な人が周りにいても、「私を映し出してくれているんだ」ぐらいに思って、
何と言えばいいのか、そのことが自分の中を通り過ぎていく感じがしてきました。
通り過ぎるというか、風が自分の中を通り抜けるみたいに、
「気にしない」とか「気にならない」とかって言葉になってくる。

そうしたら、
何と、
周りが変わってきました。
人が変わるのではなくて、たぶん、自分が映し出したものが変わったのだと感じます。
自分の中にあった嫌なものが透明になっていく感じで。

嫌だ、嫌だと思っていた人が周りからいなくなっていく。
それは、移動であったり、出向であったり、
その人が自分の好きな道を歩みだしたりして、
私の目の前からいなくなってしまう。
それはそれで、以前は寂しいなと感じていたりしましたが、
今は、「その人が好きな道に進めてとても嬉しい」という感じに変わってきて、
相手の選んだ道、相手にエールをおくるような感じになっていきました。

私が自分で環境を変えるって手もありますが、
その場合は大抵、同じような人の集まったところに行くことになる。
それは実感しています。

でも、自分が動かないで周りが変化していく、
周りの環境が変わっていく、
見えるもの、感じるものが変わっていく、
それって本当に自分では驚きなんです。

以前も一度ありました。
それは私の中で大きな変化があったとき。
浄化の時期というか、大きな気付きがあったときでした。
自分の中で「世界が変わったな」と感じたときでした。
ものすごい勢いで周りが変動していきました。(その時は気付きませんでした)

今もその時期という感じですが、
浄化という側面はあまり強くなく、どちらかというと透明化する感じです。
喜びとか、幸せ感の方が断然多い。
ぽかぽか暖かい感じ。

本当に不思議という感じです。

たぶん、きっかけは、
さんざんいろんな情報を漁って、調べて、セミナーを受けたりした後で、
ウイングメーカーのサイトを訪れて実践したり、Jamesの書いた本を読んだり、
Onenessのメルマガを読んだり、Aiさんの書いた本を読んで、確かめて、実践してみたり、
またいろいろな情報(陰謀系なんかも)を見て、いろんな本を読んで、調べて、自分で試してみたりしてからです。
疑っていたことなんかも、自分で確かめる。
誰かが言ったからとか、評判とか、噂とか、そんなことを基準にしないで、
自分の心を基準にして、
どんなことでも探検してみた。
間違っててもいい、ぶつかってもいい、もがいてもいいから、
そこに進みたいという意志みたいなものがあったんです。

やっぱり心だな、
やっぱりハートだな、
あたたさや優しさ、意志かなと思いました。
頭で理解しようとしても、無理だったんです。(忘れるし・・・、体感してないから、???になる)
騙された―!!!!って思ったり、罠にはまった!!!って思ったり、いろいろ。(笑)

でも、あきらめない。
決してあきらめない。

そんなことをしていたら、
環境やいろんなことが変わってきました。
そして、とても嬉しい。
面白いし。

これから進んでいく道も平坦ではないと思うけれど、
それでもあきらめない。
決してあきらめない。

そんなことを思っているこの頃です。

そして、Pet Shop Boysのニール様(なぜか様付け!)の透き通るような声を聴いて、
心地よいサウンドを聴いて、
ますます自分の心が透き通った気になって、
心地よさを味わって、
生きる活力がわいてきています。

ニール様・・・・。(笑)

本当にニールの声は天性ものなんだと思います。
歌う為に生まれてきたような人です。



Pet Shop Boys - Did you see me coming?
posted by zone88 at 21:41| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月18日

たくさん体験しよう!

たくさん体験しよう!・・・・って何を?って感じですが(笑)
生きていること自体が体験の連続だと思いますが、
できればしあわせなことをたくさん体験したいですよね。

で、
しあわせって何?

私は、
私が「しあわせ」と感じたときがしあわせだと思っています。
人と比べられない。
体感っていうのか、
今、しあわせかどうか。

よく言われていることですね。
また、飽きた話ですね。(笑)

以前、感謝の反対語は当たり前って記事を書きましたが、
それもあると思います。
感謝を発見できるかどうか。

でも、それ以前に「しあわせだなあ」って感じているってことが大切かなと思います。
そうすると自然に感謝できる。

自然に!です。

「ああ、しあわせ」って。
「ありがとうございます」って言葉が自然に出てくる気がします。

私がしあわせだなあと感じ始めたのは、
心を中心にしはじめてからかもしれません。

心、
ハート。

家族とか、親しい人とか、気の合う友人などと一緒に居る時、
子供と一緒に居るとき、
赤ちゃんの笑顔を見たとき、
そんなときに感じる心、ハート。

とてもあたたかい。
ぽかぽかして、日向ぼっこしているような・・・。

頭でいろいろ分析したり、
思考で組み立てたり、
効率、効率と叫んでみたり、
そんなことをしているときって、ぎすぎすした感じで、
心はどこかよそに行っている感じがして、「あーー、疲れた」って感じになります。

でも、
そんなときこそ、
心を中心にして、
ハートを感じて、
ちょっとリラックスタイムにしてみる。

余裕とか、
心がひろいとか、
そんな感じの人って、イライラしていないし、笑っているし、余裕があるし、冷静だし、
適格だし、
なんというか、
人望が厚いというのか、
人徳があるというのか、
でも、怒っちゃいけない・・・ていうのではない。
感情表現の表れだと思うし・・・、でもTPOってのがありますよね。

やはり、心があたたかい人なんだなあと思うわけです。

そういう人と自分を比べることはしないけれども、
そういう人になりたいなあと思います。
せめて、心に余裕をもちたい。
心の広い、
あたたかい心の持ち主になりたいと思います。

そう思っているときって、「心に意識がいっているとき」なんだと思います。

だから、そうなりたいと思うことが大切だなと。
めざす人が具体的にあってもいいですし。

私の場合は、松下幸之助さんがすごいなあと思います。
若い頃から松下さんの話には感動していましたし。
実際にお会いしたことがないので、そう思えるのかもしれませんが。
神格化しているわけではない。
人して素晴らしいなと思うんです。

ですから、ぜったいにあきらめないとか、
底に落ちて、もがいてもがいても、きっと上に上がれるときがくるって思える。
上って上昇志向とか、権力とか地位ではなくて、
人としてってことで。

深海にもぐって、地の底に着いて、そこから海上に、そして空高くまで昇る感じといいますか。

だから、決してあきらめない。

それからマーケティングを学んでいて、Mr.Xという名前の知らない人が言った言葉が深く心に残っています。
「決して他人のせいにしない。決して周りのせいにしない」ってことです。
なんか、涙が出てきそうになるんですね、この言葉が。

自分の人生に責任をとる、などとよく言いますが、
それって、自分が発したものをすべて受け入れるってことだと私は感じています。
宇宙というか、「鏡」のようなものに反射した自分の思いが、ただ返ってきていると思えたら、
いやな気持を発したら、それが返ってくる。
それも、受け入れる。
責任をもって。

責任をとるって、人の後始末をすることじゃないと思うんです。
ただ、人は自分の鏡だということから言えば、
その人に(たとえばいやな行為)そのような行為を起こさせてしまった原因は自分にあるということで、
その思いを発した自分の責任をとる、いわば「受け入れる」ことなんだと思います。
「他人のことだから私は関係ないや」ってことじゃないのではないかと。

よく聞く言葉で、
「いや、君にそういう行為をさせるようにしてしまった私に責任があるのだから、君は悪くない」みたいなことがありますよね。
これって、自分が発した思いを相手という鏡が私にみせてくれていだけだから、
それに対する責任は自分にあるってことなんだと思います。
スピ系の言葉でいえば、「統合」。

そこで、「私はまた体験をした。そこから何を学んだだろうか、そこからどう発展させていくか」
「二度とそのような思いは抱くまい」と思うかもしれません。
また、「では、私が望む思いとは?良い思いとは?」とか。これがポジティブ思考・・・・的かもしれません。
何でもわくわく、ポジティブって単純思考ではなくて。
(意味のわからないわくわく、ポジティブ、または勘違いわくわく、勘違いポジティブ)

だから、いろいろ、いろいろ体験しようと思う。
だって、体験するために生きているかもしれないと思うからです。

失敗はない。
経験があるだけだ。
・・・・とはよく言ったものだと思います。
しかし、その境地にはまだ遠いかもしれませんが、少しずつ近づいてきていると思います。
※自分で勝手に思っているだけ。(笑)
だって、人と比べないから。(笑)
posted by zone88 at 22:55| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月17日

体感してなければ「絵に描いた餅」

いろいろ本を読んだり、情報を見たりしているのは何故?
それは、知識をつけたい・・・ということもあるのでしょうけれど、
一番は実感したい、成果を出したい、現実にしたいからなんだと思います。
でも、いくら本に書いてあることを試してみても、実感がわかないと、つまんなくなってそのうちやめます。
こんなパターンが多い。
そして、読んだ本や情報の内容までそのうち忘れ去ってします。
これって、何ででしょうか。

たぶん興味がないことなのか、役にたたない情報なのか、嘘なのか。
そんなことかもって思います。
人から聞いた話の聞きかじりとか、他人の情報の寄せ集めとかは、
まず読んでいて興味がわきませんよね。

でも、実感して、経験している人の話だと、読んでいてよくわかる。
たぶん同じ文章でも、経験している人の文章って何か違うんだと思います。
よく言われることが、「行間」。
「行間を読め!」とかよく言われますが・・・。(笑)
あとは、「空気を読め!」とか・・・。これは反対語はKYでしょうね。

実感するとは、体験して感じること+よくわかっていること+納得していること+再現できること+他人に伝授できること。
そんなことが感じられます。
失敗って基本的になくて、すべては経験だと思っているので、それが点になって、線になって、面になって、3Dになる。
もしかしたら3Dも超えて四次元、五次元にもなるかもしれません。

スピ系でよくチャネルをしている人がいますが、
その状態は、トランスチャネル(チャネラーが身体を明け渡す)、コンシャスチャネル(チャネラーの意識はある)ってのがあります。
これって、チャネラーは実感していないってことですよね。
だから、チャネラー本人にいろいろ聞いても「わかりません」ってことになると思うんです。
しっかりと自分で体感して、体験していることだったらわかりますが、
体験していなくて、ある意味チャネル先の人の話を翻訳しているわけだから、本当は実感はできていない気がします。
だから、「自分で自分に教えられる」現象が出てくるんでしょうね。

そこで、チャネルの内容にも真実とか嘘とか、真実らしい嘘とか、嘘みたいな真実とか、(笑)
いろいろ混在しています。
それって、どうやったらわかるの?
それは、人と同じだと思うんです。
チャネラーが話しているのか、チャネル先の人が話しているのかの違いだから。
チャネル先の人(存在、マスターなど)も、ひとりの人として接してみれば心でわかると思うんです。
なんとなくいい感じがする人とか、気が合うとか、感じ悪いとか。

嘘ついている人とか、体験していない人の話ってなんとなく伝わってこないし。
話がうまくても、ただ話がうまいだけで、なんだか機械とかロボットが話しているんじゃないかと感じる人もいますし。
(そう、私はチャネルというものの何割かは、ロボットからの情報を読み取っているのではないかと感じることがあります。
どんなロボットかというと、宇宙規模の高性能ロボット・機械・情報です。生命がない感じ。)
何というか、感動しないんですよね。
さらーっと右から左へ抜けていく。

しかし、「いやーいい話だった。」で終わる場合もありますが。(笑)
そして自分がそれをやろうとすると、出来ない。(泣)となる。

一番いい方法は、自分の意識で感じたことを、インスピレーションで感じたことを、
勇気をもって進めてみる、やってみることがいちばん身に付きますよね。
やった人、教えた人がいちばん覚えるって・・・、これってOJT。
それの実人生版。

スピ系の情報ばかり読んでいたとき、本ばかり読んでいたときに、
私は実感がないな、といつも感じていました。
他人事なんです。
確かに自分自身にあてはまることもあるけれども、
でも、時間が経過すると忘れてしまう。
何であんなに感激、感動したのに、忘れてしまうんだろう・・と。

それは、体験していないからでした。
当事者になっていないから。
また、体験したいという意欲の元が弱い(動機)か、なかったから。
ただチャネルできるようになりたいとか、超人みたいになりたいってことだったら、
魔術師になればいいのだと思います。
でも、何で超人になりたいと思っているのか?
その先なんです、問題は。

実生活をどうこうしたいとか、
幸せになりたいとか、
現実を思うとおりに動かしてみたいとか。
潜在意識関連は「自分が思い描いた現実を創造する」がだいたいのパターン。
でも、そこに「自己中」が入っていない?と・・・私は感じています。
だから、私は嫌になります。
確かに勉強にはなるけれども、吸収できることもたくさんあるけれども、
中心が「自己中」だと、なんだか意欲がわきません。

もっと、おおきな目的がそれぞれの人にはあるんだと私は思っています。
家を建てて、住宅ローン払って、それでおしまいの人生ではないだろう。

一億総評論家・・って言葉がはやっていましたが、
たぶんそうなんでしょう。
私もそのひとりなんでしょう。

でも、私は自分が体験したことしか書けません。
そうでない場合は文章が出てきません。
その前に気も起りません。


いろいろなことを体感できるように、現実になるようにするには、
そうなるまであきらめずにやるしか方法はない・・・・って当たり前のことですが。
体感できているってことは、「わかった、のみ込めた」「やれて当然だ」ってところまで行き着くこと。

チャネル系の情報でも、嘘でも何でもまずはやってみる。
そして、実感できなかったら、その経験を活かして他の情報なりを探究してみる。
あれこれやってみる。
決してあきらめない。
「成功するまでやる」これが成功哲学だっていいますよね。

最後に実感するためのキーワードは・・・ってことですが、
感じることだと思います。だって、実感だもの。
感じるのはどこか?
こころ、ハートです。
頭では感じない。
だから、頭で考えても実感できないんです。
ただの知識、記憶。
このただの知識、記憶は、心で実感した後にいろいろ助けてくれる。
だから、情報、頭脳は道具に近い感覚かもしれません。
ハートで話す。情熱的って感じがしますよね。
情熱的に男性に話しかけられたら、何を言ってるのかわからなくてもその人に妙に惹かれますよね。
これって、ハートが影響しているからだと思います。

古神道系とか神道系の人とかかわったことがあった時に、
なんか、とても厳しい感じがしたことがありました。
排除みたいな感じが。
私みたいな意志薄弱でダメ人間なんかがその場にいたら、「首を切られる」か、「排除」されるか、「無視」でしょうか。
それとも、コントロールされるか。
どんな厳しさかというと、規律とか、きまりとか、こうでなければならない、とか。
そこから外れたらダメとか。
そして悪を非難する善という仮面。
どっちもどっちだと思う。

同じ生命をもった人同士なのに。

・・、と変なことばかり体感していますが。
ま、これも体感。
後進にはアドバイスくらいはできるかも。
「こんな失敗はしちゃダメ」的な・・・。失敗経験多数あり・・・とか。(笑)


私が体感したいこととは、進化です。
進化に関連していれば、何でもやってきました。
仕事でもいいし、おそうじだって、遊びだって、どれだって、すべて進化につなげるため。
でも最近は皆の進化を助けたいなと思うようになってきました。
だからよけいに「体感」「体験」が重要だと感じています。

わかるまでやる。
わかるまで探究する。
深く探究する。
深く実践してみる。

絵に描いた餅は、美味しそうでも、味まではわかりません。
机上論とかも。
空想とか。

でも、それを一歩先に進めれば、何かが動く。
きっと何らかの経験ができる。
それをあきらめずに続けていく。
失敗だと非難されても、基準は自分において、自分が進化しているなと思えたら、それでよし。

心やハートで物を感じ、ハートの小さくささやく声を聞いてみよう。
頭の、特に左脳は大きな声がしますから。
命令してくることもある。
自分だけだったらいいけど、他人にまで指図してコントロールしようとする。(やめて!)

ハートとハートは、共存共栄で、自由で、面白い。
手と手をつないで・・・みたいな。(笑)
そしてに人間関係がうまくいく。
自主性が出てくるから、みんなそれぞれの個性で動くことになる。


こんなことも「絵に描いた餅」にならないように、明日からいろいろ体験してみようと思う。


そうそう、最近感じることですが、「お月様」が何となく変わった感じがしています。
月は人体にかなり影響していますよね。
世界的に人間の制限がはずされるのなら、これは喜ばしいことです。
だって人間はマインドマトリックスに支配されていたんだから。
(お月様自体じゃなくて、何かの存在のビーム!の影響が変化したかもって感じです)

この先、どんなことが起こるかわかりませんが、
冷静に対処して存在していたいと思いますね。
posted by zone88 at 01:37| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月16日

「あ、は」的生活

ひらめきや直感がきたとき、私の場合は、「あっ」とか、「あ、は」とか、そんな言葉が出てくる。
出てくる・・・と表現するのがぴったりだ。
それから、夢で見た内容ですが、
記録するか、声に出して話をしておかないと、記憶があいまいになります。
夢は本当に顕著です。

ひらめき(ピカリンとくるもの)も夢と似た感じで、記録とか言葉にするとか、
何かかたちにしておかないと、そのまま忘れてしまうか、記憶からは消えてしまう。

アイディアなんかもそうですね。
「こんなバカみたいなこと・・・」なんて思わないで、とりあえずメモを取るとか、
他人に話してみるとかすると、結構記憶に残るものだ。
バカみたいだと思ったら、ジョークみたいな感じで友人になにげなく話してみると案外面白い答えが返ってくる。

アイディアとか夢は、小さなことであれば、また自分のことであれば、実現しやすい。
でも、少しだけ大きなことになると、自分のことでも難しいなと感じたりする。
その場合は、無理かも・・・ってことになる。
その線引きっていったい誰がしているんでしょうね。
自分なんですが、
どこの自分なんでしょう?
経験?
本当?
誰かが「そんなの無理だよ」と言ったから?

まあ、いろいろありますが、
「あ、は」と思ったことを現実にするには、
小さなことから、できることからまずはやってみるってのが私流です。
何でもいいので、まずはやってみて、それからまた考える。

よく言われているのが、「目指すものがあったら、まずそのものになってみる」とか、
「イメージしてみる」とか言いますが、
手っ取り早く・・・・ってことでは、
例えば、「この大学に入りたい」とかいう場合は、
よく言われているのは、その大学にまずは行って(見学とか、外観を見るとか)、
自分がその大学の建物をはっきりとイメージできるようにしてみる。
次に、その雰囲気を味わってみる。
次に、その場所に通っているようにイメージできるか試してみる。
次に、そこではどんなことが行われているのか調べてみる。
次に、そこに通っている人と仲良くなって、情報を交換してみる。
もちろん、知識を蓄えるのも当然だし、準備は怠らない。

そうなると、だんだん「その大学に入るのが、入っているのが当然」だと思えてくるかもしれない。
「当たり前じゃん」とか。

そんな一連の流れに物事って似ているような気がします。
それもこれも、「あ、そういえば」とか、「あ、は」とか、そんなことから始まっていることって多い。
それを形にするためには、なんと言えばいいのか、
凝縮とか、濃くするとか、固めるとか、
そんな感じに近いのではなかろうか。

よく言いますよね。
「アイディアを固める」って。 →言いえて妙だ!
粘土をこねるようにアイディアを練って、固めて、形にする。
強度をもたせる工夫をする・・・とか。

「あ、は」と思ったことが消えてしまわないように、
固めて、かたちにしてみよう。

例えば、メモ、
録音、
企画立案、
企画書提出、
タイムスケジュール、
・・・・・、

なんか、勉強か仕事みたいになってきました・・・。(笑)

でも、これが自分がいちばん好きなことだったら、
例えば旅行のスケジュールを組むとか。
温泉旅行の計画を立てて、実現させるとか。

たぶん、そんなことと同じような気がします。
優劣も、大小もあまりないような気がします。

どんだけ喜んでいるかで、疲れ度は違いますよね。
温泉旅行で疲労しているんだったら、・・・・・・・・意味ないし。

「あ、は」的生活ってやはり楽しいんだと思います。
だって、楽しくなきゃ、続かないですから。

posted by zone88 at 20:26| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 潜在意識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月11日

気という言葉

日本語には「気」という言葉がありますが、
これが意外にも自分に大きな影響を与えているのではないかという話です。

元気、
強気、弱気、
気にする、
気になる、
気にならない、
気を回す、
気を配る、
天気、
気候、
気功、
病気、
気持ち、
気分、
気配、


まあ、もっとあるとは思いますが。

気というのは、元気の源って感じはなんとなくします。
気って、エネルギー、生命、そんな感じもします。

自分に関係していることでは、
良い気持ちがする場合は、何かいいことが起こりそうな気がするし、
悪い、嫌な気配がするときには、何か悪いことの前兆のよいな気もします。

気にするってことは、自分のエネルギーにする、
気にならないってことは、自分のエネルギーにしない、
気になるってことは、自分のエネルギーになるってこと、
気を配るってことは、自分のエネルギーを配っている、(元気だから気を配れるんだと思います。エネルギーがあるから)
こんな構図が見えてきます。

だから、嫌な気配を感じたら、そこから離れる人が多い。
誰でも嫌な感じを受けた場合は逃げたくなりますよね。
それって自然なことなんだと思います。
反対にいい気分の場合は、そこにずっといたい感じがしたいし、その気分に浸っていたい。

自分にエネルギーがないと、気を配ることは難しくなる。
エネルギーがあると、「元気」って感じでパワーがみなぎっている感じがする。
反対に病気だと弱々しい感じがして、エネルギーがない感じがします。

嫌な人、感じがしたら、出来事があったら、「気にしない」ことがいちばんだなと思います。
「気にならない」っていうのは、出来事になっていない、自分のエネルギーになっていない。
すれ違う人々は大体が気にならない。空気も同然になっている。
でも人間関係などで嫌なことなんかがあると、「気になる」ってことに起こりますが、
その時に「気にしない」ことが大切なんだなあと思います。
だって、変な、嫌なエネルギーだし。
それが自分のエネルギーになってしまうなんて・・・・、嫌ですよね。

そこで大切なのは、物事は中立であると思えるかなんですよね。
松下幸之助さん流に言えば、「物事には幸せな部分と反対に不幸な部分がかならずある」から、
常に中立、冷静でいられるかどうかってことです。
一喜一憂しない。
それがセンタリングなんじゃないかと思います。

嫌な場所、嫌な人からは離れることがいちばんかと思いますが、
そうもいかないときには、「気にしない」こと。
そして、ベストな状態はその出来事を中立に捉えて、できれば良い意味づけをする。
それが、
「失敗はありえない、経験だけがあり、それは成功へのプロセスだ」ってな言葉になったりします。

だから、「気にしない」というのはとても大切なことだと思います。
できれば「気にならない」のがいいと思いますが、
それは熟練してくるとそうなるのかもしれませんね。

とっても嬉しいときも、ぎゃーぎゃーと騒ぐのではなく、
中立に捉える。
静観とか、冷静とか。

出来事はすべて出来事として起っていて、経験としてはすべて同等であると捉えるとか。

何か修業みたいな話になってしまいましたが、
「気にしない」「気にならない」というのは、とても重要だと思いました。

良い感じなこととか、好きな人のことは「気になり」ますよね。
お気に入りとか。
それはどんどん気にしていいのかもしれません。
パワーアップって感じがするし。
好きなことはどんどんお気に入りにする。
良い感じです。

理系の人っていいなと思います。
「そんなの気にしない」って理論立てて言えるから。
科学的なのがスッキリしていてとてもいいなと思います。

posted by zone88 at 00:32| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月05日

この世界を続けたい場合と輪廻転生

潜在意識を探究していた時に、疑問がありました。
この世界には私一人しかいないんだから、私が消えたらすべてなくなる・・・というもの。

究極ではすべてがつながっていると考えれば、ひとつの生命体なんだという考えもできます。
しかし、この世界を何度も続けて、
「ああでもない」「こうでもない」を続けたいかってことなんです。

私は・・・、この奪い合いとか所有とか、そんな世界はまっぴらだって思いますね。
確かに進化は早いかもしれませんが。
進化って一体なんだって思うわけです。
奪い合いとか殺戮とか、所有とか、怒りとか、欺瞞とか、そんなものをこれ以上続けたいかって??
疑問に思います。
もうこれ以上、要らないって思う。私は。
才能も開花できないまま、既成概念にしばられて何度も人生を繰り返して、
のんべんだらりんと輪廻転生を繰り返すよりも、
体験するんだったら、最短で一回で終わらせたいですね。
※すごい波乱万丈になりそうですが。

でも、そんな決まりも何もないわけで、
ぼろぼろになってまで居続ける必要ないんじゃなのかなあ。
かえって卑屈になってしまいそうですね。
ひねくれ者に。

そう思う人と、またこの世界を味わいたいって思う人って分かれるのではないでしょうか。
輪廻転生も自分で決めれると思うんですね。
ゲーム終了みたいに。
もうゲームに飽き飽きしているのに、それを続けるって・・・・、私はごめんですね。
次のステージに行きたい。
アップグレードしたい。

そんなことで、輪廻転生を決めているのは、他ならに自分だと思うんです。
それも、潜在意識とか、本体の自分が。
決してエゴの、自我の自分ではない。
たぶんエゴの自分は、「死にたくない」って叫んでいるから、輪廻転生しても生き延びたいと思うでしょうが。
「死」を怖がっているのはエゴなんだと思います。
これは私の感覚ですが。

潜在意識、超意識に到達して、それを聞いてみたら判明するかもしれませんね。
え?どうやって潜在意識に到達するって?
それは、・・・・・いろいろ方法があるのでしょうから、自分に合った方法でつながるしかないかもしれません。
それも潜在意識に聞いてみると早いかもしれません。

潜在意識に、
「ねえ、潜在意識に繋がるのはどうしたらいいの?」って。(笑)

これは、内なる意識なので、内なる神とスピ系で言われているものと同じだと思います。
なので、自分がその方法を知っている・・のかもしれません。
インスピレーションとか、シンクロとか、
潜在意識に聴くと、なにかそういう形でどこかに導かれると思います。
情報とか、本とか、セッションとか。

潜在意識系だと、ドロレス・キャノンさんの本がすごいなあと私は思いました。
でも、あくまでも私がすごいなあと思っただけですから、万人が凄いなあと感じるわけではないと思います。

そうそう、ハートにセンタリングするといいみたです。
だって、心で感じるんだし。
インスピレーションはハート経由の脳って感じかもしれません。
脳はレシーバー、潜在意識は超意識との中間って感じで。
潜在意識は深ーい海みたいなイメージです。
顕在意識は表層意識と呼ばれるように、あくまでも5%くらいの表層でしかない。(大洋にぽかっり浮かんでいる小島みたいな) o(´▽`*)/♪
posted by zone88 at 22:59| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 潜在意識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

愛って弱々しいものだと思っていた。

いろいろ情報を見てきましたが、振り返って情報を見なおしてみると、
意外と「愛」とか、「光」とかっていう言葉が氾濫していることに気付きました。
えも、今までは「愛」とか「光」って見逃していたというか、
何か弱々しいものだと感じていたんです。
弱々しいイメージというか、当たり前のことというか・・・。

どちらかというと、パワーとか、上昇とか、マトリックスを抜けるとか、
変など根性みたいな努力みたいな、力みにピントがあっていたように思います。

それから、「ハート」という言葉も弱々しく感じていました。
これは、主に情報をむさぼっていたからなんだと思います。

情報をむさぼる=頭・・・・に意識が行ってしまっていたから、
「愛」とか「光」とか「ハート」に意識が向かっていなかったんですね。
本当はシンプルに「ハート」から「愛」を感じて、その方向から情報、頭、脳に渡せばいいものを。

今考えたら、人の中心って頭、頭脳じゃないよなって思うんです。
脳が中心じゃない。
心臓ですよね。
肚でもない。
やはり、心臓。
だって、心臓が停止したら「死」だし。

センタリングってハートにフォーカスすることなんだと思います。
だって、センターだし。
どう考えてみても、人の中心に位置しているのは、心臓、ハートなんですよ。

頭脳に偏っていると、頭でっかちになるけれども、
ハートとか心が中心だと、「あたたかい心の持ち主」って思われることが多いですよね。
感情ともまた違う。
感情的っていうと、ヒステリックだと、「頭に血が上る」とか「腹が立つ」とかって言いますよね。

「心にしみるなあ」とかってなんか、良い感じがするし。
まあ「心が痛む」は心配ってことになりますが。

歓びって全身で感じることだと思うのですが、たぶん、心がドキドキして状態、心が躍っている状態だと思うんです。
嬉しいとか楽しいとかって。

だから、ハートにセンタリングして「愛」を感じてみると、
愛って強いものなんだって感じたんです。
そして、子供も両親の愛から生まれるように、生命の源はやっぱり「愛」なんだなと思ったわけです。


そんなこんなで、いろいろ情報を見なおしてみると、
「ハートの愛を通じて無限の愛に通じる」みたいなことが書いてある。
これって真実だなと感じたんです。
チャクラでもハートセンターってありますよね。
このドキドキした、歓喜の感じとか、心の底から湧きあがってくるようなものがハートの愛なのかって思いました。

この「愛」「ハート」「光」にフォーカスさせない・・・・ってことがマインドマトリックスの巧妙な罠なのかなとも思います。
だって、ハートが中心になると、全身が開いていく感じがして、脳もそれに従い、肉体もそれに従う感じがして、
整合性がとれてくるんですから。
だって、生命の源だし、そりゃあ力強いわけです。

「愛」とか「光」とか「ハート」なんて、そんな弱っちいもの!!!!という感じは・・・・、わかりますよね。
それよりも努力だろ、ど根性だろ、営業努力だろ!とかって怒られそうですねえ。
「何、バカ言ってんだよ」とかって言われそうだし・・・。

生命って一番大切なのに・・・です。

そんなことで、情報がまったくいままでと違って見えて、違った観点で読めているこの頃です。
心に沁みるんですねえ、これが。
沁みるって言葉にも心って文字が入っていますねえ、不思議です。

愛と光とハート、とても大切です。
生命って一番大切です。
・・・・・よね。
posted by zone88 at 22:32| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月26日

時間感覚が変わると前世と未来世は?

占いというものにかなりはまっていた時期が長~く私はありました。
今でも興味津々ですが。(笑)

最近は特に奇門遁甲とか(それも諸葛孔明の三元奇門遁甲)東洋系のものに興味があります。
三元奇門遁甲は、はるか昔に本を購入し、自分の死期(その本では10年前後まで)算出していました。
内容は・・・・、なんか、当たっているようなそうでないような感じでした。
それもそのはず、今となってはすーーっかりその内容を忘れているのですから。

ところで、占いというと、西洋の占いでは、よく前世がどうのこうのという話になります。
※特にテレフォン占い・・・・(高すぎる)・・です。
前世はお姫様だったとか、王子様だったとか、かの有名な誰それだったとか、
有名人や金持ちばかりが前世として取り上げられていますが、
私は、一般庶民だったことの方が圧倒的に多いのではないのかと思っています。

それは誰であってもです。
だって、人口比率を考えたってそうだと思うんです。
みんながお姫様だったら、お姫様の意味がない。

ということで、まあ、どうでもいいのですが、お姫様でも王子様でも、極悪人でも、一般庶民でも。
しかし、これが牛だったとか、馬だったとか、蚊だったと、そんなことになるとちょっと困りますな。
それから、宇宙人だったとか・・・、これはありだと思います。
ある意味、今でも宇宙人だと言えばそうだと言えなくもないし。
だって、宇宙にいるんだから。
日本人と東京都民の違いみたいなもんでしょ。(笑)
まあ、宇宙人のイメージが爬虫類みたいな感じだとちょっと気持ちが悪いですから、いやですが、
大体にして一般的な宇宙人のイメージといったら、「我々は…宇宙人だ!」の宇宙人か、
アメドラの「v」の爬虫類か、スタートレックのイメージとか、スターゲイトのイメージですよね。
あれ?
違うかな?
時代が違うって・・・・・、お許しください。

ところで、前世って過去の自分のことで、
未来世って、未来の自分のことを表すとします。
それって、どれも自分のことですよね。
ということは、自分って今の肉体だけじゃなくて、魂みたいな霊魂みたいな、
ふわふわしたものってことになりますね。
ふわふわちゃんです・・・・ってことにしときます。

時間って「今」しか感じられなくて、
とにかく、過去も未来も「今」考えたり、感じたりしかできない。
明日を「今」予想しているわけで、
昨日を「今」後悔?(だけじゃない)しているわけで、
「今」の連続なわけです。

となると、生まれたばかりのときも、「今」だったことになる。
昨日、昨日、昨日・・・と連続した「今」だと考えればですが。
未来も、明日、明日、明日・・・・を予測している「今」なわけです。

そうなると、
前世も未来世も「今」ここに同時に存在していてもおかしくなくなります。
だって、
私の本体は、
ふわふわちゃんだから・・・。(笑)
肉体を乗り移るみたいで、何だか怖いですね。
でも、考えてみれば、過去と未来を「今」いつも感じているんだから、
その理論はおかしいとは思えないですよね。
確かに、歴史ってものがあるようにも見えます。
でも、それも過去と言われているだけで、「今」感じている「昨日」の連続じゃないのかいな。

アカシックを読むとか、
予言するとか、
そのたぐいは、
「今」の自分(肉体をもって名前がある私)が、未来の自分(未来に肉体を持って名前がある自分)と会話していることじゃないの?
反対に、
「今」の自分が「過去」の私と会話したら、真実ってものが観えてくるのかもしれない。
それって、「今」、「未来」を予測しているのと、
「今」、「昨日」を思い出しているのと大して変わらないと思うんです。
時間の幅が違ったりするだけで。
だから、過去の私も、未来の私も、今の私のことってことでもおかしくない。
肉体は違うってだけです。
「私」の捉え方が違うかもしれませんが。
それを観ているのが「私」=「ふわふわした私」なので、過去も未来も本来はわかるはずなんですよね。
特に過去は。
だって、昨日の出来事は鮮明に覚えているし、小さい頃に遠足に行ったこともありありと覚えているし・・・。
※レベルの差がありますが。(重要な歴史的人物だったら、もっとすごいことになりそうです)

感覚として、あっという間に10年経ってしまったけれど、
昨日のことのように思うって感覚があると思うんです。
それから、都合の悪いことは忘れているとか。(笑)

時間って心理的なものと、実用的(約束事)なものがあって、
心理的なものって時間が伸縮するし、
楽しいとあっという間だし、嫌だと長くなる。
その方が真実に近い気がします。

短いからいいってわけではないですが、充実していると思うんです。
長いと、だらだらしてつまらない。苦痛って感じで。

占いで占い師さんが感じている未来というのは、ある時点での「未来」であって、
みんなが予想しているように、条件とか自分の意志とかでどににでも変わるし、変えられる。
反対に過去も、いい思い出に変わることがあるし、絶対に変わらないってことはない。
感じ方って変わるんだと思います。
「あの人っていい感じがしなかったけど、今思えばいい人だったなあ」とか。

※占いの「未来」とか、アカシックが読める人とか、あくまでも視点の高さ、広さだと思うんです。
世界の狭い私のような蟻んこのような視点では、自分の未来さえわからないかもしれません。
せいぜい「何を食べようか」ぐらいしかわからないかも。(がっかり)


時間を超えるってことは意外とすぐにできるかもしれません。
「今」が変われば「過去」も「未来」も変わる。
自分が変われば世界も周りも変わる。

時間と空間はセットってよくいいますが、本当かもしれませんね。
空間の移動が短くなれば、時間は早く進むのかも。
ワープなんてのも、それこそ時間の問題かもしれません。

一般的な考え方だと、
過去→現在→未来
この時間の流れだと思いますが、

時間を空間を感覚的にでも超えられた考え方だと、
過去⇔現在⇔未来
このようになるのだと思います。

上記に
前世⇔私⇔未来世
これをあてはめると、どれも影響しあっていることになります。

だから、
過去世は変わるし、未来世も変わることになります。
「今の自分が変われば」です。

こうなると、カルマの仕組みもわかるような気がします。
カルマって悪いことばかりじゃなく、いいこともあることになる。
そして、カルマがない、カルマの影響を受けないって状態は、
「今」にしっかり自分が居るってことなんだと思います。
影響を受けない=カルマはない。ってことになるかもしれません。
「今」が中心。
「今」の自分が中心にしっかりと居ることが「センタリング」ってスピ用語なんだと思います。

なんだか、神経伝達物質みたいな話ですね。
セロトニンみたいです。(笑)
平常心ですから、セロトニン君は。

ここに並行世界(リサ・ランドール博士が言う五次元)とか、いろいろ混じってくると、またまた話が面白くなります。
自分がたくさんいることになりますから。
それこそ、てんこもりです。

しっかりと「今」に居なくては。
・・・・と、自分に言い聞かせています。

皆さまはどう思われるでしょうか????
※話がぶっ飛びになってしまいましたが。


そういえば、潜在意識の調査をしている、ドロレス・キャノンさんの話で、
ノストラダムスの話が出てきます。
ノストラダムスは、「今」、「未来」である現在を覗いているそうです。
そして、本を書いている。
ノストラダムスは「今」、本を執筆している「空間」に居るんです。
空間が違うだけなんです。

時間と空間はセットで、フィルムのコマみたいなもので、静止画像の連続を「今」私は観ているのだと思います。
だから、今から過去の自分のコマに移れば、過去が観えるし、
未来の自分のコマに移動すれば、未来がのぞける。
そのフィルムを一気に観れる位置にいるのが、ふわふわちゃんならぬ、自分の本体かもしれません。
ハイアーセルフ、高次の自我ともよばれるもの。
そんな感覚の方が本当かもしれないと私は感じています。

センタリング、センタリング。
「今ここ」です。
「どこでもここ、いつでも今」です。

だから、どうしたの?って話ですが・・・、(笑)
スピ系の人には飽きた話ですから。

その中心に自分が居て、いろんな自分を求心的に統合していることに気付いているってことが凄いと思うんです。
それが自分なんだと。
そして、実際に求心的に統合して、意識が拡大している。
中心にぎゅうぎゅうと自分が詰まってきている。
もう満員です。・・・って冗談ですが・・・。
「過去」の自分は時空にがんじがらめに固められていたんです・・・、って自分で固まっていただけですって?
そうです。
固まっていました。(笑)

あーあって感ですね。

過去も未来も「今」
あーあ、バシャールみたいな話になってしまいました。
posted by zone88 at 20:29| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月21日

Pet Shop Boys Pandemonium ( Live, The 02 Arena, London 21 December 2009 )

Pet Shop Boys のロンドンでの2009年のコンサートの模様です。



昔からのファンの人にはたまらない動画でしょう。
私は感激しまくりでした。 \(^ ^)/ バンザーイ
懐かしい曲あり、2009年当時の新しい曲もあり、コンサートに行った気分になりました。
PSB、日本でコンサートをやってくれないかなあ。
昔からのファンはどこへ行ってしまったのだろう?

ニールのユニークな声と歌詞、クリスの素晴らしいサウンド、ふたりのデュオは最高です。(私にとって)
何たってニールが歌っているのを聴いているのが大好きなので。
ううーん、楽しいし、幸せだ。

コンサート自体もよく構成されていて、楽しませてくれる。

ニールとクリスはやはりいい仕事してますね。
プロって感じがします。
楽しみながら、しかも真摯に仕事してる。
誠実だし、皆を楽しませようっていう感じがとても伝わってくる。
いいなあ、ロンドンのファンは。

・・・・と、私もロンドンに飛んでコンサートに行けばいいのですが、
何せ、英語が・・・、ちと苦手でして。
だから、やはり、日本に来てくれて、こんな楽しいコンサートを開いてくれたら、
もう大、大、大感激なんですが・・・。

どなたか、プロモーションの方・・・、企画をしてください。
でも、観に来る人がいなきゃ興業としては成り立たないし。
第一、ニールとクリスが泣くよ。(笑)

今年の8月にソニックマニアに主演しますが、皆と一緒だし。(他のバンドと)
やはり単独コンサートが観たい。
それに、私の周りにはPSBのファンがいないので、一緒に見に行く人がいない。(泣)
ひとりソニックマニア、ひとりサマソニって人もいますが、私は・・・、ひとりは寂しいなって派だし。
どうしよう・・・と悩んでいます。(とてもちっちゃい悩みですね・・・(笑))

ということで、とりあえずYoutubeでコンサートに行ったつもりになって、楽しんでいます。
拍手したりして。(バカみたいですが)

ファンの心理ってみんな似通っていると思うんですが、
「PSBのコンサートに行って、ニールの声が聴けたら、もう何も要らない」って思うかも。
・・・・・って大げさですが、そのくらいPSBのファンってことですね。
それとか、「あー、生きていてよかった」とか。
・・・・・、これもまた大げさですが。(笑)

PSBの曲を聴いている時だけは、コンサートに行きたいと思う時だけは、イギリスに住んでいたらいいなって思います。
他は日本人がいい。(笑)
なんて都合のいいファンなんでしょう。

というわけで、PSB最高!



posted by zone88 at 00:20| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月19日

クリスタル・チルドレンの意識

この記事は2011年の震災の直後のものになりますが、
クリスタル・チルドレンと呼ばれる子供(クリスタルのように純粋な心、ピュアな心の持ち主らしい・・・)たちの意識が
どのようなもので、私たちも、もしかしたらそれに近くなれる(笑)かもしれない・・・と思える文章です。

「意識を上げる」ってどういうこと?
・・・・なんて、今さら誰にも聞けない・・・・なんて人は、この記事を読むと、
「ううーん、なるほど」とうなずくと思います。

私は、うなずきました。(笑)

巷の情報は、難しすぎて、頭がサル並の私にはチンプンカンプンなことろが多々ありますので、
こんな感じで、わかりやすい文章は大変に参考になります。

ブラックホールからホワイトホールへ・・・・ってな感じで。
イメージだけでも・・・。

クリスタル・チルドレンってどういう子供たちを言うのかな?と思っていたので、
「私はインディゴだった」と勝手に思っていた私は、「私もクリスタルになりたい」などと思ってしまいました。
とりあえず、イメージだけでも・・・。


では、わかりやすい文章を転載します。
2011年3月24日の記事です。

元の記事はこちらです。(発行元には転載を了解いただいています)
http://melma.com/backnumber_115861_5139623/



◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


最新レポート


高次と地上のNMCAA本部より


◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎





下記、NMCAA本部Ai先生からの中今最新レポートです!



==========================



アセンションとライトワークを目指す皆さま*^^*



22から23にかけて、重要な動きとなっています。



※まさに、21は、重要な分岐点となり、22から、

大きくエネルギーがシフトしました。



◎重要な決定事項として、22より、太陽系のすべての高次の

オペレーションは、根源太陽神界を中心として、

アシュター=太陽系神界連合が行うこととなりました。



◎3Dの動きは中今でしか対応できないので、

地殻の動きに関しては、当日の同時刻に、高次と地上の主なメンバー、

及びすべてのアセンション・ライトワーカーとのコラボで、

ある場所の結界強化により、現在の地点で止まっています。



予断は許しませんが、大きくシフトしています。



◎アセンションのTop&Coreは、3Dとは直接は関係なく、

少なくともハート、そして主には5Dの魂レベル以上の、

「永遠の本体」でのものとなります。



※アセンションには無限のレベルがありますが、

愛と光のアセンションへ向かって進んでいる皆さまは、

必ずアセンションできると思います!!!



※ですが、現在、高次からの最も高度なテストであるとも言えます。


※真に、自己とハイアーの本質が試される、ということです。


(※その意味で、アトランティス末期の状況とよく似ています!)



◎神界・高次も、アセンション妨害勢力も、

地上では、日戸と人間を通してしか、働くことができません。


※神界・高次のそのポータルは、愛のハートと光の魂の

ホワイトホールです。


※アセンション妨害勢力のポータルは、「不安」「恐れ」「怒り」等

というブラックホールです。

そのブラックホールが拡大すると、神国の結界が壊れ、

そのブラックホールを通って、アセンション妨害勢力が

宇宙からも入ってきますし、3Dでのネガティヴな事象も起こります。



◎前述のように、アセンションの本質である、永遠の本体のレベル

においては、直接は3Dとは関係ありませんので、

まずは本体=ハイアーセルフとの強いつながりと一体化が急務です!!



◎そして!! 現在、一線の神人ライトワーカーの他に、

神国の結界を最もサポートしているのは、実は、クリスタル・チルドレン

たちのハイアーセルフなのです!!


なぜなら、クリスタル・チルドレンたちの愛のハートと光の魂は、

100%ピュアーで、一点の曇りもないからです。



※ですので、真のアセンションの入門の入門、

愛と光の使者の入門=真のアセンション・ゲイトにあたっては、

その入門から先は、ごくわずかでも、ネガティヴなエネルギーは

存在できない、ということを覚えておいてください!!!



※そしてそれは、真のアセンションの、最大の奥義の

1つでもあるということを!!!



―なぜならそれこそが、100%の純粋な愛であり、光であり、

UNCONDITIONAL LOVE、

「無条件の愛」「絶対的な愛」と呼ばれるものだからです。




P,S,


※エクササイズとしては、常に自己の各チャクラ、特にハートと魂、

そして自己の体全体のエネルギーをチェックしてください。

違和感を感じる場所があれば、どのようなエネルギーが

望ましいのか、素晴らしいのか、気持ちよいのか^^

ハイアーセルフが知っていますので、そのエネルギーに

シフトさせていってください。



※それを日の本、集合意識、地球、全体、高次とシンクロさせて

いくことにより、重要なライトワークともなっていきます!



∞LOVE&LIGHT

高次と地上のNMCAA本部




◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

以上、転載終了。
posted by zone88 at 20:25| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | スピリチュアル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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